第29話 女だろうと

 テレサに殴られたジョバンニは、吹っ飛んで呆気なく床に倒れた。しかし意識を失ってはいないようで、目を見開いてテレサを見つめている。


「な、なんだお前は……?」


 戸惑ったようにジョバンニは自分の頬をさすり、ぶるっと身体を震わせた。


 男装しているわけでもない今のテレサは、どこからどう見てもただの女の子だ。そんなテレサの怪力ぶりに、怒りよりも戸惑いを先に感じたのだろう。


「貴方、カーラさんに、強引に異能を使わせてたのよね?」

「……何の話だ?」

「カーラさんの異能は、異性を魅了すること。それを使って客を騙し、多額の金銭を支払わせていた。そうでしょう?」

「だから、何の話だ」


 ふらふらとしながら立ち上がると、ジョバンニはテレサをきつく睨みつけた。


「そんなことより、こんなことをしてタダで済むと思ってるのか」

「そっちこそ、まだ分かってないみたいね」


 すう、と軽く深呼吸をし、テレサは再びジョバンニを殴りつけた。再度吹っ飛んだジョバンニは立ち上がる気力を失ったらしく、呆然とした顔でテレサを見つめている。


「早く罪を認めなさい。そうしたら、殴るのをやめてあげるわ」


 言いながら、もう一発ジョバンニの頬を殴る。それでも白状しようとしないから、今度は腹部を一発殴ってみた。


「ぐっ……うっ、や、やめろ!」


 痛みに呻きながら、必死な顔でジョバンニが叫ぶ。テレサは一度殴るのをやめた。


「罪を認める気になったかしら?」

「しょ、証拠はあるのか? 俺が無理やりやらせていたという証拠は……!」


 苦しまぎれにそう言ってきたジョバンニの頬を、テレサはもう一度殴った。


 確かにこいつの言う通り、証拠はないわ。

 だけど、私はカーラさんを信じてる。


「これ以上殴られたくなかったら、さっさと認めることね!」


 意識を失わせてしまってはまずい。少しだけ手を抜きながら、テレサはジョバンニを殴り続けた。

 そのたびにジョバンニが悲鳴を上げたせいで、少しずつ人が集まってくる。


「ちょっと貴女、何やってるの!?」


 妓女の一人が叫んだ。彼女からしてみれば、同僚がオーナーを殴っているのだから当然だ。しかし、テレサは手を止めない。


「り、リリーさん!?」


 慌てたカーラの声が聞こえて、テレサはやっと手をとめた。しかしジョバンニはかなりぐったりとしていて、立ち上がる気力もなさそうだ。


「カーラさん。すぐ近くに、フランク様がいます。呼んできてください」

「えっ? あ、わ、分かりました……!」


 状況を上手く理解できていなさそうではあるが、カーラは店を飛び出していった。きっと、すぐにフランクを連れてきてくれるだろう。


「今、王都相談員を呼んだわ。貴方の罪はもうとっくにバレているの」


 王都相談員、という言葉でジョバンニはそっと目を閉じた。面倒な相手に目をつけられたことを理解したのだろう。


 王都相談員は給料こそたいして支給されないものの、国から仕事を与えられた貴族である。

 金を持っているからといって、簡単に対抗できる相手ではない。


 こいつはどうせ、カーラさんを完全に支配したつもりでいたんだわ。

 お金もないカーラさんが、なにかできるとは思わなかったのね。


 カーラはおとなしく、気弱な子だ。ジョバンニがそう思うのも無理はない。

 しかし、今のカーラは違う。

 変わることを、前に進むことを決意しているのだから。


「貴方が、カーラさんに無理やり異能を使わせたんでしょう?」


 ジョバンニの頬を平手打ちし、目を開かせる。そして再び拳を振り上げてみせると、ジョバンニは力なく頷いた。


「……認めよう。俺がやらせたことだ」

「ようやく認めたわね」


 達成感を得たテレサが息を吐いた瞬間、再び周りがざわついた。慌てて周囲を確認すると、いつの間にかアイーダがきている。

 アイーダは真っ青な顔でテレサを見つめていた。


「あ、貴女、何を……?」

「ちょうどよかった。貴女のことも、呼びにいこうと思ってたの」


 にっこりと笑うと、アイーダは一歩後ろへ下がった、ちょうどそのタイミングで、フランクを連れたカーラが戻ってくる。


 カーラは床に倒れたジョバンニを見て目を丸くした。

 そして、フランクは得意げな顔で笑う。


「そろそろ、もういいだろう」


 そう言って、フランクが目で合図してくる。テレサは頷いて、ウィッグを外した。その途端、きゃあっ、と軽い悲鳴が上がる。


「あ、貴女、男だったの!?」


 あちこちから聞こえてくる声に、曖昧な笑みを返す。


 実は男……と見せかけて本当の本当は女なのよね。なんか、自分でも混乱しちゃいそうになるわ。


「改めて聞くが、お前もカーラさんの異能について知っていたのか?」


 男装時はフランクとばかり喋っているから、敬語以外の男の口調には慣れない。

 しかし、ウィッグをとった今、女口調で話していてはフランクに不思議がられてしまう。


 テレサの問いかけにアイーダは黙り込んだ。表情を見れば、沈黙が肯定を示していることは分かる。


「知っていて、お前も、無理やり異能を使わせていたんだろう?」

「だ、だってそれは、私だってオーナーに言われて……!」


 その言葉が事実かどうかは分からない。けれどとにかく、アイーダが事実を知っていたことは確かだ。


 そして、アイーダにカーラが苦しめられていたことも。


「とりあえず、一発だ」


 そう言うと、テレサは思いっきりアイーダの右頬を殴った。ただし、一発だけだ。残りは、ちゃんと話を聞いてから決める。


 ジョバンニと同じように床に倒れたアイーダを見て、フランクがぼそっと呟いた。


「……女にも容赦しないとは、さすがだな」

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