第27話 小さな一歩

「分かりました。その依頼、お受けしましょう」


 もったいぶった態度で、フランクがそう言った。テレサからすると格好つけているな、という印象を抱くのだが、カーラにとっては違うらしい。


「ほ、本当ですか?」


 感激したように言ったカーラに、フランクはもちろんです、と笑顔で頷く。


「でも私、全然、お金とかなくて……」


 カーラが目を伏せる。すると、分かっていますよ、とフランクが優しい声で言った。


「依頼料はいただかなくてはいけませんが、人に合った金額をいただきますし、後払いでも構いません」


 要するに金持ちには多額の依頼料を吹っかけるというだけの話だ。だがまあ、カーラにとってはありがたい話だろう。


「貴女がちゃんと自分で自分の働き方を決めることができるまで、支払いを待つこともできますから」

「そんな……本当に、本当にありがとうございます」


 カーラが深々と頭を下げる。その瞬間、フランクが恩着せがましい笑みを浮かべながらテレサを見つめてきた。


 絶妙にむかつく顔だわ……!


「今度、オーナーが店にくる日は分かりますか?」


 フランクの問いかけに、はい、とカーラは頷いた。


「四日後、オーナーは店にくると思います。給料日は、毎月オーナーが店の様子を見にくるんです」

「分かりました。ではその日、私がなんとかしましょう」

「なんとかって?」


 戸惑ったような表情を浮かべたカーラに、フランクはとびきりの甘い笑顔を見せる。


「それは秘密です。でも、安心してくれて大丈夫ですよ。なんとかしますから」


 ありがとうございます、と言ったカーラの瞳は潤んでいる。カーラから見れば、フランクは金のない客を相手に真摯に対応してくれる素敵な相談員なのだろう。


 なんとかする、なんて言っているけど、私には分かるわ。

 フランク様は絶対、私になんとかさせようとしているだけよ。どうせ、フランク様は何も考えてないんだから!





「リリーさん。素敵な王都相談員さんを紹介してくれて、ありがとうございます」


 屋敷を出た瞬間、カーラにそう礼を言われた。なんだか複雑な気持ちである。


「王都相談員は貴族だから、私の話なんて聞いてもらえないと思っていました」


 王都相談員は貴族だが、ほとんどが下級貴族である。だが、平民からすれば貴族というだけで冷たい印象があるのかもしれない。


「リリーさんも以前、なにか依頼したことがあるんですか?」

「えーっと……実は、依頼したことはないんです。たまたま知り合って」

「そうなんですね」


 頷いて、カーラは薄く笑った。


「たまたま、あんな人に会えるなんて、リリーさんは幸運ですね」

「……はい」


 否定するのは違う気がして、テレサは素直に頷いた。

 実際、もしフランクに出会っていなかったら、どうなっていたか分からない。


 私だって、生きていくために違法に異能を使っていたかもしれないわ。

 少なくとも、今のように楽しい日々をおくれてはいなかったはずよ。


 なんだか悔しいけれど、今の毎日があるのは、間違いなくフランクに出会ったおかげだ。


「……いいなあ」


 カーラはぼそっと呟いたが、俯いていたから表情は見えない。でも、カーラが心の底からそう言ったことだけは分かる。


「カーラさん。私がこんなことを言うのは、違うかもしれませんけど」


 何を言っても、余計な言葉だと思われるかもしれない。

 けれど、悲しそうな顔で下を向いているカーラを見たら、自然と口が動いた。


「カーラさんにもいつか、素敵な出会いがきっとあると思うんです。私だって、家を出るまでは散々でしたし」

「そうなんですか?」

「はい。妹には虐められていましたし、実の父も助けてくれませんでしたし、そもそも父は私を愛してはいませんし……」


 話していると、過去の記憶が頭をよぎる。そのせいで少しだけ胸が痛むけれど、それだけだった。


 だってもう、今の私には、新しい居場所があるんだもの。


「オルタナシアを出て、新しい場所に行くんです。そうすれば、新しい出会いだってありますよ」

「……私、新しい場所でやっていけると思いますか?」


 立ち止まり、カーラは不安そうな眼差しでテレサを見つめた。


 カーラは、生まれてからずっとオルタナシアで過ごしてきたのだ。妓女以外の仕事をしたことだってないだろう。

 現状が辛いとはいえ、オルタナシアの外に出ることにも不安があるに違いない。


「きっと大丈夫です。だってカーラさんは今まで、逃げずに生きてきたんですから」


 母に捨てられ、望まぬ仕事をし、客に罵倒され……それでもカーラは、生きることを諦めず、ちゃんと生きてきた。

 それはたぶん、当たり前のことじゃない。


「新しい場所に行きたいから、カーラさんは今日、私と一緒にきてくれたんでしょう? カーラさんはもう、新しい場所へ歩き始めていますよ」


 小さな一歩かもしれない。でも、確実な一歩だ。


「……ありがとうございます、リリーさん」

「私は、思ったことを言っただけですから」


 テレサにできることは限られている。カーラの今後について、全ての面倒を見てやることなんてできない。

 背中は押せるが、走り出すのはカーラ自身なのだ。


「カーラさんのこと、応援しています」


 目が合うと、カーラはしっかりと頷いてくれた。

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