第25話 少しの事実

「じゃあ、今日も行ってきます」


 そう言って、テレサは家を出た。女性物の服で出かけることにも、もうすっかり慣れた気がする。


 髪の色を変えているから、変装にはなっているし。


 昨日話し合った結果、カーラの事情をより詳しく調べることになった。彼女が自らの意志でなく、店に強要されて異能を使っているという証拠を見つけるのだ。

 そうすれば、被害者であるカーラを守ることができるから。


 とはいえ、難しいわよね。

 王都相談員の部下として働いている、なんて素直に言うわけにもいかないし。


 そもそもテレサたちが受けた依頼は、オルタナシアの人気の秘訣を探ることだ。そして依頼人の目的は、オルタナシアの人気をなくすこと、あるいは、オルタナシアの人気を上回ることだろう。


 つまり、カーラを助けることと、依頼人を満足させることは両立できるはずだ。





 オルタナシア到着後、店内と店前を掃除する。開店前のルーティーンにはかなり慣れて、以前より短い時間でこなせるようになってきた。


 カーラを始めとする他の妓女は朝方まで客をとっていて、疲れがたまっている。そのため開店準備は、主にテレサの仕事だ。


「リリーさん、今日もありがとうございます。いつも任せてしまって、申し訳ありません」


 掃き掃除を終えたところで、カーラが店から出てきた。怯えたように周囲を見回しているのは、客がやってくるのを恐れているからだろう。


「大丈夫ですよ。迷惑な客はさっき、私が追い払っておきましたから」


 最初は戸惑ってしまったが、もう怒り狂った客への対応には慣れた。アイーダのように堂々としていれば、客も何も言えなくなるのだ。


 ほとんどの客は異能で騙されたという発想にはならないだろう。そのため、本格的に訴えてくる客はいないはずだ。


「……ありがとうございます、リリーさん」

「開店まで、まだちょっと時間ありますよね?」

「はい。まだ、少しありますけど」

「私、カーラさんに聞きたいことがあるんです」


 カーラから事実を聞き出すためには、彼女の心を開く必要がある。

 そのためには、ある程度自分の話をすることも大切だ。


 もちろん、本当のことを全部言うことはできない。

 だけど、話せることもある。


「カーラさんって、もしかして、異能使いですか?」


 テレサの質問に、カーラは目を大きく見開いた。そして真っ青な顔で、テレサをじっと見つめる。


「……どうして、そう思うの?」

「カーラさんが触れた客が、たちまちカーラさんの虜になるからです。そして翌日にはカーラさんへの気持ちはなくなってしまう。……異能じゃないかと、最初から思っていました」


 カーラは俯いて黙り込んでしまった。この沈黙こそが、テレサの質問に対する答えだろう。


「異能を許可なく使うことは許されていません」


 テレサの言葉に、カーラはゆっくりと頷いた。


「リリーさんは、私をどうするつもりなんですか?」

「ただ、私は本当のことが知りたいだけです。私も、貴女と同じ異能使いですから」

「……えっ?」


 驚いたカーラに微笑んでみせる。カーラの眼差しから、少しずつ緊張がなくなるのが分かった。

 テレサも同じだと聞いて気が抜けたのだろう。


「私たち、一緒なんです」


 一緒、というところを強調しながら言う。すると、カーラが控えめに頷いた。


 やったわ!


 異能使いだという事実を先に明かしたことで、カーラはテレサのことを信頼し始めているはずだ。


「だから、カーラさんのことが気になって。もしかしたら、異能を使うことを強要されてるんじゃないかって……」

「……そうです」


 誤魔化せないことを悟ったのか、カーラは覚悟を決めたような顔で頷いた。


 やっぱり、無理やり異能を使わされていたのね。


「最初は、生きるために仕方なく異能を使っていました。母親に捨てられて頼れる人もいませんでしたし、この見た目では、普通にやっていれば客はつかないので」


 そんなことない、と言ってあげられないことが悔しい。どんな慰めの言葉をかけても、カーラの心の傷を癒せる気がしなかった。


「そしてそんなことをしているうちに、能力がオーナーにバレて、使うことを強要されるようになりました」


 はあ、とカーラが溜息を吐く。


「オーナーは、大きな騒ぎになったら、私が勝手にやったことにするつもりなんです」


 店ぐるみの犯行ではなく、一従業員であるカーラ個人による罪。そう言い訳をして、オルタナシアの営業を続けるつもりなのだろう。


「異能で人を魅了できるって、羨ましいと思いますか?」


 カーラの問いかけに、テレサはゆっくりと首を横に振った。

 異能で他人の心を掴んでも、効果はすぐに消える。便利かもしれないが、同時に虚しい能力だ。


 カーラはそっと手を伸ばし、テレサの腕に触れた。

 あえて避けなかったのは、カーラへの信頼を表すためだ。


「安心してください。私の異能は、男性にしか効果がありませんので」


 そう言ってカーラは笑った。何もかもを諦めたような笑顔だ。


 親の借金があるから、親に捨てられたから、美しくないから……きっと今まで、いろんな理由でカーラはたくさんのことを諦めてきたのだろう。

 だから今も、オーナーに言われるがまま、異能を使っている。


 現状から一人で抜け出せるほど、カーラは強くないのだ。


「カーラさん」


 テレサはにっこりと笑って、カーラの手をぎゅっと握った。


「おすすめの王都相談員がいるんです。よかったら、私と一緒に相談にいってみませんか?」

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