第17話 厄介な依頼

「テレンスさん、新しい依頼です」


 自室でくつろいでいると、クルトがやってきた。テレサは慌てて部屋出て、すぐに応接間へ向かう。


 ここ最近は以前よりも依頼数が増えてきた。とはいえひっきりなしに依頼がくるわけではなく、のんびりしていられる時間も多い。

 そのため今日も、昼食をとった後に自室で昼寝を楽しんでいたのである。


 テレサが応接間へ入ると、既にフランクがいた。そして、フランクの向かい側には中年の男性が一人座っている。

 派手な衣服に、大きな宝石のついた指輪。かなり裕福そうな男性だ。


「お待たせして申し訳ありません」


 頭を下げてから、フランクの横に座る。近くで見ると、依頼人の顔は酷いものだった。

 寝不足なのか、目の下には濃いクマがある。肌も青白く、今にも倒れてしまいそうだ。


「俺も今から話を聞くんだ」


 フランクが小声で教えてくれた。そして、フランクが依頼人に話すよう促す。


「実は最近、私の店が潰れそうなんです。近くの店に、客を奪われてしまって」

「お客様は、どのようなお店を経営されているんです?」


 フランクが尋ねると、依頼人は少しだけ気まずそうな表情で答えた。


「妓楼です。王都でもかなり人気の店だったのですが、最近、近くにできた新しい店に客をとられてしまって。このままでは、経営がたちいかなくなってしまいます」


 店の経営が上手くいっていないのは可哀想だが、妓楼と聞くと素直に同情はできない。

 とはいえ、大事な客であることも事実だ。


「しかも、その店は連日、トラブル続きなんです」

「トラブルとは?」

「翌日になると、客が返金しろと店の前で暴れているのです。どうやら料金以上の金を貢いでしまい、翌日になるとその行動が理解できずに暴れるらしく……」

「自分で貢いでおいて、翌日になると暴れるなんてマナーの悪い客ですね」


 フランクが顔を顰める。確かに、礼儀のなっていない客だ。


「はい。ですが、その数があまりにも多いのです。一人や二人であれば、酔った勢いで金を使いすぎたことがトラブルに発展したのだと理解できるのですが」

「なるほど。ですがそのような悪評が広まれば、自然とその店も客足が遠のくのでは?」


 フランクの質問に、依頼人が泣きそうな顔で首を横に振る。


「それが、店の前で客引きをしている一人の娘が、ものすごい集客力で……悪評なんて関係なく、客が入ってしまうんです」


 依頼人は盛大な溜息を吐いた。


「その店でお金を使いすぎてしまったからと、妓楼自体に通えなくなってしまうお客様も多くて……本当に困っているんです」

「分かりました。では、具体的には、我々にどうしてほしいのですか?」


 困っているのは分かった。しかし今までの依頼と違って、依頼者の希望がよく分からない。


 他の店の営業妨害をしてほしい、なんて依頼は受けられないわ。

 王都相談員の仕事は困っている人を助けることだけど、罪のない人に嫌がらせをすることはできないもの。


 王都相談員はただの便利屋ではなく、国から認められ、少額だが手当をもらっている仕事だ。そのことは、依頼人も分かっているはずである。


「隣の店の、人気の秘密を調べてほしいんです!」


 依頼者は立ち上がると、勢いよく頭を下げた。


「お願いします……!」


 人気の秘密を調べるだけなら、その店に対する営業妨害にはならない。

 王都相談員の仕事の範疇だ。


「分かりました。少々時間も、依頼料もかかってしまいますが」


 フランクの言葉に、構いません! と依頼者は深く頷いた。


 なんだか、今までとは違う依頼になりそうね。一日で終わるような簡単な依頼じゃないだろうし。


 護衛や警備、破落戸の対処とはまるで違う。今回の依頼は、相手を殴って簡単に解決できるようなものじゃない。


 私、上手くやれるかしら?





「なかなかに厄介な依頼だな」


 依頼者が帰ってすぐ、フランクは溜息を吐いた。面倒くさい、と顔にはっきり書いてある。


「とりあえず、その店に行ってみるしかないな」

「そうですね。あまり気は進みませんが」

「ああ。しかも、金がない」


 店にもよるが、妓楼で遊ぶにはそれなりの額がいる。流行りの店であれば、かなり高くつくだろう。


「依頼料に上乗せするのもな。……とりあえず今晩、店の様子を見にいって決めるか」

「分かりました」


 どうしよう。もしそのまま店に行くことになったら……私、ちゃんとできるのかしら?


 妓楼になんて行ったことがないから、中の様子なんて分からない。酒や料理を楽しむだけなら問題ないが、もしそういうことになれば、女だということがバレてしまう。


 本当に、厄介なことになったわね。

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