第4話 顔だけはいい男

「ありがとう、礼を言うぞ」


 男が倒れたのを確認すると、美青年は優雅に微笑んだ。

 美しい笑顔だが、情けなく逃げ回る姿を見た後ではときめけない。


「……お腹が空いていたので」


 本当なら、他人の恋人に手を出してトラブルを起こすような男を助けたくはなかった。

 しかもその女の子も捨てたというのだから、酷い男だ。


「約束は守る。……まあ、今は金がないんだが、金ができたら御馳走しよう」

「は?」

「俺はいつ奢る、なんて言ってないぞ」


 なにこいつ。さすがに、あり得ないわ。


 腹立たしさのあまり拳を振り上げると、美青年は慌てて頭を下げた。


「悪かった! 王都に戻ったらすぐに用意するから!」

「……分かってくれたなら、いいんですけど」


 じろり、と睨んでやると、美青年はびくっと肩を震わせる。


「お前、見かけによらず、かなりの怪力だな」

「……ええ、まあ」

「異能だろう?」


 美青年は真っ直ぐにテレサを見つめた。澄んだ翡翠色の瞳から、思わず目を逸らしてしまう。


 テレサの怪力は尋常じゃない。異能、以外の言葉では説明することができないのだ。


「許可もなく平民相手に異能を使ったと通報されれば、お前は罰を受けるだろうな」


 どうやらこの男、助けてもらっておいてテレサを脅すつもりらしい。

 そのつもりならこっちにも考えがある。再びテレサが拳を構えると、美青年は激しく首を横に振った。


「しない、通報なんてしないから! 殴らないでくれ。美しい顔に傷をつけるわけにはいかない」


 この男、かなりむかつくわね。

 いいのは顔だけで、今のところ、他にいいところは全く見つからないわ。


「お前、異能を使えるということは貴族だろう。だが身なりを見たところ、金に困っているようだな。

 家出でもしてきたのか?」


 疲れてしまったのか、美青年は地面に座り込んだ。

 どうやら、観察眼はそれなりに鋭いようだ。


「……そうだと言ったら?」

「お前、俺の用心棒にならないか?」

「え?」


 テレサが目を丸くすると、美青年は得意げな顔で胸に手を当てた。無性に腹が立つ動作である。


「俺の名はフランク・フォン・フォーゲル。フォーゲル子爵家の三男で、国王陛下から王都相談員を任されている」

「……王都相談員」

「ああ。つまり俺も、お前と同じ異能持ちだ」


 王都相談員というのは、簡単に言えば何でも屋である。

 王都で暮らす人々の悩みを聞いて、解決するために助力する。そして仕事のために、国から異能を使うことを許可されている。


 また、王都相談員の大半が下級貴族の次男以下だ。

 国からもらえるのはわずかな手当だけで、給料は支給されない。主な収入源は客からの依頼料だ。


 つまりこの美青年……フランクは、貧乏貴族の三男ってわけね。


「お前のような用心棒がいれば、俺は今よりいろんな仕事を受けられるはずだ。

 そうすれば、お前にもちゃんと給料を払える。身分も明かさずに雇ってくれる人なんて、そういないぞ」


 フランクの言う通りかもしれない。バウマン公爵家の人間だということを明かせないテレサには、身分を証明できる物は何一つないのだ。


 しかも、王都相談員の部下として働くなら、異能の使用許可も下りる。

 怪力というテレサの異能は、間違いなく仕事の役に立つだろう。


「でも……」

「でも?」

「僕は、モルグという村を探しているんです。このあたりにあると聞いているのですが」


 テレサがそう言うと、フランクは溜息を吐いて荒れ地を指差した。


「あそこがモルグだぞ」

「……はい?」

「数年前の山火事の影響で、あの村はなくなった。知らなかったのか?」


 フランクの言葉に、テレサはその場でしゃがみ込んでしまう。

 そんなこと、全く知らなかった。

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