第37話 託された思い
「んん・・・」
一体どれぐらい気を失っていたのだろう。
たしかミリアの兄、ルドという人を助けようとしたら、罠にかかって・・・
俺は寝起きでうまく働かない頭をなんとか回転させて直前のことを思い出そうとした。
「あ、カインさん!目が覚めたんですね!」
すると、起き上がった俺を見て急ぐようにモモが駆け寄ってきた。
「モモ・・・あっ」
そうだ、爆発する瞬間、師匠が俺のことを庇ったんだ。
「師匠は!」と俺は飛び上がるように起き上がって、辺りにツバキの姿がないか探した。
「その二人ならこちらですよ」
モモに招かれるままついていくと、そこには地面の上に仰向けに寝かされているシオンとツバキ、そしてルドの姿があった。
シオンとツバキの体にはいたる所に包帯が巻いてあって、ボロボロだ・・・
モモが手当してくれたのか。
それに対し、俺、モモ、ルドの状態は軽傷と言ってもいいほどだった。
もし、二人が体を張って守ってくれなきゃ、俺たちは無事には済まなかっただろう。
「・・・・」
つい、考えてしまう。
俺がもっと強かったら二人はこんな怪我を負わなくてよかったのにと。
これじゃあ、ダンジョンの時から変わってないじゃないか。
「・・・俺、グラジオ達のところに行ってくるよ」
「そんな、一人じゃ危険ですよ!」
モモが必死に止めようとするがそれでやめるはずがない。
誰かが行かないといけないのに、このまま何もしないでグラジオたちにもしものことがあったら自分を許せなくなる。
俺はモモの静止を振り切り、早速最低限の準備をして向かおうとした時だった。
「・・・まて」
かすれた声と弱々しい力で腕を握られた。
「・・・師匠、起きてたのですか」
「一人で、行かせるわけ無いだろ・・・」
もう腕を上げるだけでもきついはずだ。
何もしていないのに腕が小刻みに震えている。
だが、師匠の目を見ると本当に一緒に行こうとしているのが伝わってくる。
「師匠は、ゆっくり休んでいてください」
そっとツバキの手を握っただけで、ツバキが全力で離さまいと踏ん張っても簡単に外すことができてしまった。
掴んだツバキの手を優しく地面に置き、俺は立ち上がってすぐに戦闘の支度を再開する。
もちろん俺だってわかっていますよ、自分ひとりじゃ力不足なことくらい。
身に沁みてわかってますよ。
でも、俺だって男だ。
師匠は強くて、俺じゃ頼りないからってこんなときもあなたを頼らなくちゃいけないなら俺はーーー死んだほうがマシだ。
くだらない男のプライドでも、俺にとっては譲れないものなんです。
「・・・それじゃあ、行ってきます」
「待つんだカイン!」
準備を終えた俺はツバキの指示を無視してグラジオ達の元に向かう。
すみません師匠。
説教ならあとでいくらでも聞きますから。
///////
「行ってしまいましたね」
ついさっき出発したカインの姿はもう見えなくなっていた。
「くそ・・・」
ツバキは拳を地面に強く叩きつける。
追いかけたくても体が言うことを聞いてくれない。
もしこれでカインになにかあったらどうするんだ。
一体どうすれば・・・
そんな時だった。
「よお、久しぶりだな」
突然声が聞こえた。
見知った声が。
ツバキは誰なのか一瞬で理解した。
「はは、・・・ったく、待たせ過ぎなんだよ」
ツバキの視線の先には二つの影、そしてその内の一つは今この世で、この状況で最も頼りになる者のだった。
「あとは任せてお前は休め」
「・・・ああ、頼んだぜ」
ツバキの返事を聞いた男はにっと笑って、その者たちはカインと同じ方向にいなくなっていった。
///////
「・・・どこだ」
さきほどから動き回っているがグラジオ達の痕跡一つ見つからない。
王宮なんだからそれなりの広さを持つのは当然だ。
人一人が適当に探し回ったとしてもそう簡単に見つかるはずがない。
なにか目安になるものがあれば・・・
ドゴォーーン!!
突如、近くで爆音が起きた。
「・・・二人共、無事でいてくれ」
俺はすかさずその爆発源に向かった。
必ずそこに二人がいる、そう確信して。
もくもくと吹き上がる煙を頼りに最短距離で進んでいく。
「あとは、あの角を曲がれば・・・!」
念の為武器を構え、戦闘態勢に入る。
そして、曲がった先を見るとそこには入り口で見たザクと思われる人の姿と、数え切れないほどの衛兵がいた。
「グラジオとミリアはどこに・・・」
見渡すと、向かい合うようにしてミリアとその前に立つグラジオの姿があった。
「よかった、無事だった・・・」
安堵で思わず声が漏らしながらも、急いで二人に近づいていった、その時だった。
「え・・・?」
目の前でグラジオの胸の中心、心臓が赤い槍で貫かれたのだった。
「グラ、ジオ・・?」
力なく倒れていく彼の姿を俺は理解できなかった。
あのグラジオが殺されるわけない。
誰よりも強いグラジオが負けるはずない。
きっと何かの見間違いだと自分に言い聞かせた。
しかし、グラジオのそばで泣き叫ぶミリアの姿が俺に現実を突きつける。
嘘、だよな。
そう思って近づくが、グラジオの体から溢れ出る真紅の血と生気が失われていく様子がそれが現実だと突きつける。
もう言い訳が思いつかない。
グラジオが、死んだ・・・
はぁはぁと過呼吸になりながら、ただただ泣き続けるミリアの横に屈み、そっとグラジオの頬を触った。
「えっ・・・」
俺はここに来てようやく気づいた。
グラジオの身体は見るだけでも痛いと錯覚してしまうほどに残酷なものになってしまっていたのに、グラジオの顔だけは
ーーーー柔らかな笑みを浮かべていたことを。
まるで、自分の人生に満足しているかのような、そんな優しい笑みだった。
「・・・どうして」
どうしてそんな顔ができるのだろうか。
こんなにも辛い最期だったのにどうして笑えることができるのだろうか。
まだまだやりたいことがいっぱいあったはずだ。
たくさん後悔があったはずだ。
なのにどうして・・・
「・・・あ」
そんなとき、いつかのグラジオの言葉を思い出した。
あれはアイルに到着する前日。
みんなでお酒を飲んで俺とグラジオ以外寝てしまった時だった。
二人きりで星空を眺めていたらグラジオが静かに俺に言ったんだ。
『カインさん、おそらく私は、お嬢様のそばにずっといることはできないでしょう。職業柄わかるのですよ、たくさんの人の最期を見届けてきましたから。
・・・ですので、カインさん。その時はあなたがお嬢様のそばにいてあげてください』
その時はなぜグラジオはそんなことを言うのかわからなかった。
なにかの冗談だと思ってつい流してしまった。
・・・でも、もしかしたらこのときからグラジオは薄々気づいてたのかもしれない。
自分がこの戦いで命を落とすことを。
ゆっくりと顔を上げ、もう一度グラジオの顔を見る。
すると、不思議とグラジオが俺にこう言った気がしたんだ。
もしかしたらただの俺の思い込みだったのかもしれない。
勝手な想像なのかもしれない。
でも、確かに聞こえた。
『あとは、たのみましたよ』って。
まったく、普段はいつも他人を優先して、自分のことは後回し、おせっかいでいつも誰かのために動いて・・・
なのに、最後の最後で自分勝手な人だ、グラジオっていう男は・・・
だがーー
「はい、まかされました」
俺は返事をした。
グラジオへの最大限の感謝を込めながら。
「・・・なあ、ミリア」
涙が枯れて、ただ俯く少女の名前を呼ぶ。
なぜグラジオがあんな表情ができたのか、今の俺はまだはっきりとした答えを見つけられていないけど、そんな俺でも、一つ、自信をもって言えることがある。
それは・・・
「グラジオは、ミリアといて幸せだったんだと思う。
だってーーー幸せじゃなきゃ、笑うことはできないから」
当たり前のことだけど、その当たり前は一人じゃ絶対に掴み取ることができない。
ミリアのおかげなんだよ。
グラジオが笑えたのは。
前世一人だった俺が言うんだ、間違いない。
「・・・そう、だったんでしょうか。でも私のせいでグラジオはーー」
「グラジオのことはミリアが一番良く知っているだろ?
そして、グラジオはそんなこと微塵も思ってないってことも君が一番わかっているはずだ」
俺は立ち上がるのと一緒にミリアに向けて手を差し出す。
「それに、いつまでも俺達が泣き続けてたらグラジオは安心できないんじゃないか?」
「・・・・」
しばらくはミリアは俯いたままだった。
しかし、ミリアはすぐにゆっくりと顔を上げ、俺の目を見る。
「・・・たしかに、そのとおりですね。ありがとうございます、カインさん」
ミリアの頬には涙が滴り落ちた跡が残っていて、目元も赤く膨れ上がっているが、その眼差しにはいつもの光が戻っていた。
どうやら、もう大丈夫みたいだ。
ミリアは俺の手を掴んで、起き上がる。
「やりましょう、私達で」
それに俺は「おう」とだけ返す。
見ててくれよ、グラジオ。
「ーーーはあ、なんだい、待ってあげたのに一人、しかもただの子供が増えただけじゃないか。たったそれだけで僕たちに勝とうというのかい?」
ザクは呆れるようにこちらを見る。
明らかな戦力差、まあ確かにザクの言う通りだ。
俺みたいなのが増えたぐらいではこちらの戦況は何も変わらない。
だって俺には、師匠のような素早い判断力やそれを活かせる運動能力があるわけでもないし、グラジオみたいに誰かを守れるほどに鍛え上げられた身体も、他を圧倒できるような技もない。
誰から見たってこの場においては俺は力不足だ。
でも、そのはずなのに、グラジオは俺に託してくれたんだ。
俺を信じてくれたんだ。
・・・だから俺はその思いを、無駄になんてさせない。
「そんなの、やってみなくちゃわからないだろ」
そう言い放ち、俺とミリアが武器を構えた、その時だった。
それは突然、後方から聞こえてきた。
「ーーーさすが、俺の息子だな」
「その声って・・・」
その声はここにいるはずのない者の声だった。
「見ない間に成長したな」
廊下の奥からその男は現れる。
いつもの余裕の態度で。
「お前、何者だ」
ザクは突如現れたその男に名乗るように告げる。
「何者って、そりゃあ・・・・」
その男はそれに、にっと笑いながら堂々とその名を言った。
「ダイン・レリウット。その子の『父親』だ」
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