第36話 護衛隊長グラジオ

 火花が散るほど強く金属と金属がぶつかり合う音が広い廊下に絶えず鳴り響く。


 あれから無音サイレントは攻撃の標準を完全に私に切り替えたようで、今も私に向かって攻撃が降り注いでいる。

 けど、私は未だかすり傷すら負っていません。

 それはなぜか。

 グラジオが全て守ってくれているから。


 無音サイレントがどんな攻撃をしてきても私に届く前にかならずグラジオは防いでくれる。

 でもそれで無事なのは私だけ。

 当のグラジオの体には徐々に傷が付き始めてしまっている。

 あの傷も、あの傷も。


「・・・くっ!」

 ああ、そしてまた私のせいでグラジオの体に傷が増えていく。

 私がこの場にいなければグラジオは怪我なんて負うことは無かったはずなのに。


 今すぐにでもこの場から離れたいのに、体が言うことを聞いてくれない。

 恐怖で腰が抜けて殺されるかも、そう考えただけで体が震え、手足が震える。

 今はそれをなんとか抑えようとするだけで精一杯だ。


 認めたくない、認めたくないけど・・・

 やはり、お兄様の言うとおりです。

 ーーー私は、自分ひとりじゃ何もできない。


 思い返せば今まで私はグラジオに何か力になれたことがあったでしょうか。

 アイルから脱出するとき、私のせいでグラジオの仲間のみなさんが犠牲になってしまいました。

 仲間を失って辛いはずなのに、それでもグラジオはいつもとかわらず私のそばにいてくれました。

 ずっとずっと守ってくれて、それなのに私はこんなときだってグラジオに守ってもらうことしか・・・!


 もう私は、グラジオが私のせいで傷つくとこなんて見たくないんです・・・


「ーーグラジオ、もう十分です」

「お嬢様・・・?」

 突然のミリアの言葉にグラジオは思わず振り向く。


「グラジオもわかっているでしょう?このままだと私達に勝ち目はないことを」

「それは・・・」

 私の言ったこと、おそらくグラジオは最初からわかっていたでしょう。

 私がずっと狙われていては、いつまでたっても守りに徹することしかできないこと。

 そして彼らを倒すためには捨てなくてはいけない。

 私を守るという選択肢を。


「グラジオ、ここからはこの国のためを考えて行動してください」

「どういう、ことでしょうかお嬢様」

 静かに聞き返すグラジオを真剣な眼差しで見つめる。


「私を守る必要は無いってことですよ」

「・・・!」

 グラジオはその言葉の意味を十二分に理解していることでしょう。

 グラジオの部下ですら防げなかったものを圧倒的に劣っている私が防げるはずがないこと。

 そしてもちろん、私もそれを承知で言っていることも。


「そんなの、もしお嬢様に何かあれば・・・!」

「良いのです。お兄様の言うとおり、こんな私を守るより彼らを倒すことの方が重要ですから」

 正直、こんなことを言いたくはなかった。

 でも、私はここに来て、十分に実感しました。

 今の私にはそこまでの価値が無いことを。


 きっとグラジオならわかってくれるはず・・・


「ふざけないでください!!」


「えっ・・・」

 この時、人生で初めてグラジオはミリアに激怒した。

 そして同様に、ミリアもここまでグラジオに怒られたことは初めての体験だった。


「きっとお嬢様はお優しいので自分に守るほどの価値は無いなどと思っていらっしゃるのでしょう」

「でも、私にとっては・・・!」


「貴方様をお守りすること以上に価値のあることは無いのです!!」


 グラジオは拳を強く握りしめ、喉がはち切れんばかりにそう叫んだ。


「ーーあははっ、さすがだよグラジオ・・・!」

 それを聞いて喜びを隠せないザクは高らかに笑い、指をパチンと鳴らす。

 すると、今まで不自然なほどにいなかった衛兵が次々に現れる。


「これは・・・」

「君を確実に殺すためにね、準備していたよ」

 大勢の兵は横一列にきれいに並び、そして一斉に衛兵たちは手の平をグラジオに向ける。


『上級魔法』

 衛兵の詠唱とともにザクの背後に炎、雷、風、数え切れない程の属性の魔法陣が生成されていく。


「さあこれでも、君の大事なミリアを守れるのかい?」

 止まることなくついには空中一面が魔法陣で覆い尽くされる。


「グラジオ、私のことはいいですから・・・!」

 誰が見てもこれをまともに受けては助からないのは明白だった。

 しかしそれでも、グラジオはミリアの前から一ミリたりとも動くことは無かった。


「大丈夫ですよ、お嬢様。それに私は誓ったのです」

「・・・貴方様を必ず守ると」

 ミリアの方を見て微笑むグラジオを見届けたザクは無慈悲にも攻撃の合図を出した。


「やれ」

 一帯を覆い尽くす魔法陣から放たれた数多の魔法はただグラジオ一人に向けて発射される。


「くっ・・・!!」

 グラジオは体が光に覆われていく刹那の瞬間、ミリア様と出会ったときのことを思い出した。



 〜〜〜



 国王様の奥様、つまり王妃様はあまりお体が強くない方でしたが、凛々しく、アイルのすべての人に尊敬され、愛されていたお方でした。

 王妃様がザク様、ルド様、そしてミリア様をお産みになった日には、国中で祝杯を上げました。

 しかしミリア様をお産みになられてから王妃様の体調が悪化してしまい、ミリア様の3歳の誕生日を前に王妃は亡くなってしまいました。

 その事実は、アイルを悲しみで包み、国王様は数日寝込んでしまうほどの影響を与えるほどでした。


 それからしばらくたったある日のこと。


 私は王宮に呼ばれ、

「グラジオ、我が子を頼むぞ」

 と国王様に一人の少女の護衛を命じられました。

 それがミリア様でした。


 今の国王様にとって子どもたちはおそらく何よりも大切なもの。

 そのような重大な役目を任せられる程に信頼を得ることができたのだと当時の私は喜びました。


 しかし、いざミリア様の護衛につくと、そこには想像を絶するものがありました。


 ミリア様はーーー王妃様が亡くなった原因とされ、冷遇されていたのです。

 ミリア様の待遇は他のご兄弟に比べると明らかに差別され、王妃様を慕っていた者たちからの嫌がらせの毎日が続いていました。


 遊び相手はおらず、いつも部屋にこもり、お一人で遊ぶという姿を嫌というほど見てきました。


 5歳になられても嫌がらせは続き、国王様がいらっしゃらないときは王宮の中で堂々と行われていました。

 見かねた私は気分転換に街に行きましょうとミリア様を連れて街に赴いたことがありました。

 街ならミリア様をいじめるような者はいないはず、そう考えての提案でしたが街に出ると待っていたのは、どこにいっても現れる、住人たちの蔑む目ばかり。

 この時の光景はそばにいた私でさえ辛いものでしたのに、それでもミリア様は人前で泣かれるようなことはありませんでした。

 その時、私は正直ミリア様のことを少し不気味に感じました。

 大人の私でも辛いのにどうして平然でいることができるのかと。


 そのまま早々に帰宅し、その日の夜中、私はいつもどおり扉の前で警備をしていました。

 すると、

「・・・ん?」

 薄っすらとなにか音が聞こえた気がしたので少し扉を開けて確認すると、そこにはーーー


 グスッ、グスッと布団の中で忍び泣くミリア様の姿がありました。


 それを見た私は静かに扉を閉め、そしてーーー思いきり自分を殴りました。

 幼い子供がここまで追い詰められていたというのになぜ私は手を差し伸べなかったのか。

 なぜ見るだけで何もしてあげなかったのか。

 なぜ、なぜ、なぜ。

 このときほど自分を恥ずかしく思ったことはありませんでした。


 次の日から私は、ミリア様がお部屋で遊ぶときは一緒に遊ぶことにしました。


「私も入れていただけないでしょうか」

 最初はもちろん、ミリア様は心を開いてくださりませんでした。

 当然です。

 今まで常に手を差し出せるところにいたのに一度も差し出してくれることは無かったのですから。


 ですが私はめげず、毎日話しかけました。

「今日もいいですか?」

「今日も・・・」

「今日も・・」

 何度もこうして一緒の時間を過ごしていく内に、ミリア様とは少しずつ距離を縮めていきました。

 その分、私も嫌がらせにあうようになったのですが。


 こうして一年がたったとき、ある時ミリア様から一つ質問をされました。


「グラジオはこの国はお好きですか?」


 なぜそのようなことを聞くのですかなど無粋なことは言わず、私はただ正直に返事をしました。


「・・・はい、私の故郷ですから」


 ただ、ミリア様にとっては生まれ育った地だとしてもあるのは辛い思い出ばかり。

 きっといい回答は来ないでしょう。

 そう思っていました。


「・・・私はね、ぐらじおさん」

「はいお嬢様」

 すこし覚悟をしてミリア様の答えを聞きました。


「好きに、なりたいの。だって、私のお母様がこの国のことが大好きでしたから」

「・・・!」


 私はこの言葉を聞いた時、この方はなんてお強く、そして、なんてお優しい方なのだと感銘を受けました。

 その時から私はこの方を一生お守りしよう、そう決心したのです。

 国王様に命じられたからではなく、心の底からそう思ったのです。


 そしてその思いは時間が経つたびに強くなっていきました。


「ぐらじおさん」


「ぐらじお」


「グラジオ!」

 嫌がらせの毎日が続いても、優しさを忘れず強く成長していくあなたを見て、私も負けじと日々精進することができました。

 ですので、私が一番隊の隊長になれたのは貴方様のおかげなんですよ、ミリア様。


 そして、

「あなたを私の護衛隊長に任命します」

 ミリア様からその証としてペンダントを授かったときは私は嬉しさのあまり一晩中泣いてしまいました。

 あのときのことは今でも鮮明に思い出せます。


 どんなに辛いことがあってもそのペンダントを見る度私はがんばれました。

 疲れた心は貴方様と話す度癒やされました。


 私にとって貴方様は私を照らしてくれる光なんです。

 だから何度でも言います。

 私の光に、傷一つ付けさせないと!!


「うおおおおおおお・・・!!」


 〜〜〜


 魔法が着弾し、辺りは土埃に包まれていた。

 時間が経ち、薄れていく土埃とともに徐々にグラジオの全身があらわになっていった。


 グラジオは数え切れない魔法を受け、盾は崩壊、鎧も砕け、全身が血に染まっていた。

 だがグラジオの背後にいたミリアにはかすり傷一つすら見当たらなかった。


「おじょう、さま」

「グラジオ・・・!」

 薄れゆく意識の中、微笑むグラジオにミリアが駆け寄ろうとしたときだった。


 グサッ。

「えっ・・・」

 もう守るものが無いグラジオの胸をミリアの目の前で赤く光沢する槍が貫いた。


「これで、任務完了です」

「よくやった無音サイレント

 数え切れない魔法を防いだグラジオは最後、無音サイレントの一撃によって倒されたのでした。


「グラジオ・・・、グラジオ・・・!」

 地面に倒れるグラジオにミリアが泣きながら語りかける。


「お嬢様、お怪我がなくて何より、です・・・」

 力なく震えるグラジオの手をミリアは握る。


「死んじゃいや!私はあなたがいないと・・!」

「だいじょうぶですよ。私がいなくてもあなた様にはもう、素敵な仲間がいらっしゃるんですから」

 グラジオの視線の先、入り口の方からコツコツと一つの影がこちらに近づいてきてくる。


 それをみて、グラジオは安心してゆっくりとまぶたを下ろしてゆく。


 ・・・ミリア様、わたしはあなた様にお会いできて大変幸せでした。


 心残りがあるとすれば、これから成長するあなた様をもっともっと、見たかったです・・・

 そして、カインさん。

 あなたには最後に悪いことをしてしまいましたね・・・

 でも、きっとカインさんなら許してくれるはずです・・・


 グラジオは最期の呼吸をし、まぶたが完全に下ろされる。


 ああ、短い人生でしたが・・・

             とても、楽しい、日々でした・・・。

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