第29話 奴隷
精霊国アイル。
そこはエルフが暮らす街。
街にいるほぼ全ての人々も人族ではありえないほどに皆、耳が長い。
それ故なのか、耳が長くない俺とツバキに対してはなんというか・・・
「どうやらうちとカインはあまり歓迎されていないようだね」
ツバキの言う通り、どうにもここにいる人達の俺たちを見る目はわかりやすいくらい敵対心がむき出しだ。
それも怪しさ満点のグラジオたちじゃなく、俺とツバキに向けられているのだと簡単にわかるくらいには。
「それにしても俺はてっきり、街はもっと混乱していると思っていたんですが・・・」
息子たちを人質に国王から権力を奪い、そいつがいきなり街を支配し始めたら普通街は機能しなくなるものだと思っていた。
しかしどこを見てもその様なことは一切起こっていない。
ただただ普通の、いつもと変わらない日常を送っているように見える。
「予想はしていましたがやはり・・・」
グラジオがぼそっと俺たちにぎりぎり聞こえない程度でそうつぶやく。
何やら深刻な表情になったグラジオに気づき、俺は「どうしました?」と声をかけようとしたときだった。
「助けてくれ!」
その声に気づきばっと振り向くと、そこにはここでは初めて見る俺らと同じ『人族』の男性の姿があった。
ただ、服装はボロボロ、靴も履いてないため足にもところどころ傷があった。
そして何より、
「なっ・・・」
首には人に付けるものだとは到底思えないような大きな鎖が繋がれていた。
非現実的な状況を飲み込めないでいると、その後ろから性格の悪そうな一人の
手にはその男に繋がれている鎖。
「おい!何してる!」
その怒声とともにぐいっとその男は引っ張られ、その
男性のひどく怯えたような表情。
こんなの人にして良いことなのか。
「おい、ちょっと待・・」
ついカッとなって彼らを引き留めようとしたときだった。
「カイン!!」
突如、ツバキが叫んだ。
ツバキの方を見ると、ツバキの表情はこれまでにないほどに険しいものになっていた。
「師匠・・・?」
あっけに取られているといつの間にか、彼らの姿は遠くに行っていた。
男性は引きづられてこちらに目で助けを呼ぶように見つめてくる。
「あれは『奴隷』だ。もし今助けたら私達はその瞬間、この街で犯罪者になってしまうんだ。人の所有物に手を出すんだからな。グラジオとミリアがいるこの状況でそれだけは絶対に、避けなければいけない」
言葉ではそう言っているが、ツバキも俺と同じ気持ちだったんだろう。
拳を強く握りすぎて血が出てしまっている。
もし俺があのままあの男を助けようとしたら、ツバキの言う通り犯罪者になって俺たちは確実にこの街には居れなくなくなっていた。
せっかくここまで苦労して入ったのに、だ。
最悪の場合はこれは誰にでもわかる。
そのまま捕まってしまうこと、だよな。
変装しているグラジオとミリアの正体がバレてこれまでの努力が水の泡になってしまう。
ダンジョン攻略し、ギャンブルに勝ってようやく手に入れた装備も、あの地獄の訓練も全て無意味と化す。
それだけは防がなくてはいけない。
だからツバキはそれを知らなかった俺を全力で止めた。
あの見ず知らずの男を見捨てても。
まあ、一見すると当たり前のことだ。
俺たちにあの男を助けるメリットは今の段階ではなく、それに対し、デメリットが大きすぎるからな。
でも、あれを間近で見た俺ならわかる。
あれは想像以上にひどいものだ。
尊厳も意思もずたずたにされているのだろう。
人として扱われず、見せ物として扱わられる。
同じ人としてあれを見て感情的にならず、冷静に対処するのがどれほど難しいことか。
「・・・『奴隷』ってああいうふうにごく普通にあるものなのですか?」
「ああ、今まではたまたま見なかっただけでこの世には『奴隷』って身分のやつが大勢いるんだ。
そして奴隷を持っているやつも」
俺は今までこの世界のいい部分しか見えていなかった。
もしかしたら、俺がまだこの世界では幼いから、皆見せないようにしていただけかもしれないが。
「どうして彼は奴隷になってしまったんですかね」
「それは、わからない。奴隷になる経緯は人それぞれだ。
借金を返せなくてなった者、親に売られたって子も、攫われて無理やりって人もいる。
でも、一度なって誰かの物になってしまったら最後。法を侵さない限り、取り返すのはほぼ不可能なんだ」
・・・正直、今だって受け止めらきれていない自分がいる。
前の世界では俺が生きている時代に奴隷なんていなかったからな。
「・・・カインさん、すみません」
「グラジオさんが謝ることじゃないですよ」
いくら異世界でも、やっぱり前の世界と一緒で目をそらしたほうが良いものがあるのは変わらないのか。
俺は前世で大人になった時、社会はろくでもないことを知った。
子供の時、キラキラしていると感じたものは実は表面だけだったことを知った。
今回はたまたまそれを知るのが少し早かっただけ。
いつかは遅かれ早かれ気づくことだ。
「こちらこそすみません。自分のせいで時間を取ってしまって」
もう、ショックを受けている暇はない。
「行きましょう」
世界は自分が思っている以上に汚れている。
それが現実なんだから。
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