第26話 アイルへ

 一週間。

 俺たちは薬漬けの生活だった。


 早朝一本目のポーションを飲む。

 体が拒否反応を起こして震えが止まらないがお構いなし。


 午前中にもう五本飲んで、昼にもう一本飲んで、午後に八本飲む。

 どんなものでも飲み過ぎは行けないと思うのだが、グラジオはいつになったらこの生活を終わらせてくれるのだろうか。


 ちなみにこれでも飲んでる本数は減ったほうなのだ。

 最初の頃なんて息を吸うように飲み続けたからな。


 でもまあ、おかげさまで様になるぐらいには上達した。


 手をかざし、そこから膜を張らせるように魔力を流す。


「・・・見事です。カインさん」

 ようやく、グラジオに認められるくらいにはできたみたいだ。

 刀を確認すると刀身に薄く赤みがかった魔力に包まれている。


 これが『剣気』・・・

 ここまで長かった。

 使えるようになったことも嬉しいけど、何よりも、もうポーションを飲まなくても良いということ。

 その事実だけで涙が出てくる。


「それでは、それを戦いながら持続させてみましょう」

「・・・え?」


 確かに、戦闘の最中にも使えなければ意味はないが。

 少しぐらい喜ばさせてほしかった。


 その後、俺がポーションを何本飲んだかなんて数える余裕すらないほどにボコボコにされた。


 ///


 三日後の夜、俺とモモは訓練から開放されたことを祝って祝杯を上げた。

「訓練終了を祝して、かんぱーーい!!」


 何日ぶりだろうかポーション以外の水分を摂取したのは。

 こんなにもジュースって美味しかったのか。

 そのままコップ一杯をごくごくと飲み干す。


「うめえ・・」

 モモと共に、つい心の声が漏れてしまった。

 これはあの地獄をくぐり抜けた俺たち二人にしかわからない味だろう。


「さて、それではこれからの作戦を話します」

 どうやら幸せタイムはこれで終わりなようだ。

 仕方ない、グラジオの話に集中しよう。


「私達はこれからアイルにいる協力者、ミリア様の元家庭教師のシオンさんに会いに行きます。彼女ならお嬢様のご兄妹が囚われている場所も知っているでしょう」

「シオンに会えるんですか!」

 その名前を聞いた途端、ミリアの表情が一気に明るくなった。


「シオンさんってどんな人なんですか?」

「それはもうかっこよくて素敵で・・・」

 考えさせただけでミリアをこんなにするなんて、シオン恐るべし。


「シオン・・・?」

 ツバキは何やら思い当たる節があるのだろうか、少し悩む素振りを見せるが、グラジオの「ですが」という言葉に中断させられる。


「おそらくどこかで必ず『無音サイレント』に狙われるでしょう」

「『無音サイレント』って出会ったときに言っていたあの・・・」


 モモの言葉にグラジオは「はい」とうなずく。


 そう言えばずっと気になっていたことがあった。

「これまでその無音サイレントって奴らから襲われていなかった理由はなぜなんですか?

 普通、追い続けて暗殺する瞬間を狙うものだと思うんですが・・・」

「それは、わざわざ追わなくても必ず私達の方からアイルに向かってくることがわかっているからです。

 おそらくザクの入れ知恵で、お優しいミリア様が助けを待つ兄弟を置いていったまま逃げ続けられないことがわかっているから、あのときも途中で私達を追うのをやめたんです」


 おそらくその時の光景を思い出しているのだろうか。

 拳を強く握りしめている。


 ザクが兄弟を人質にしたのは、国王を牽制するだけでなく、二人をアイルから遠ざけないための鎖にもしていたということか。

 わざわざ目標ターゲットの方から接近してくるなら、追う必要はないからな。


 どうやらグラジオの仲間を殺した無音サイレントだけではなく、ザクと言う者もそう簡単にはいかないようだな。


「今、無音サイレントについてわかっていることは無音サイレントに仲間はおらず、すべての暗殺を一人でこなしてしまうほどの実力者だということ。

 そして、それにお嬢様が狙われているということです」


 今の俺たちにとって最も重要なこと。

 それはミリアを殺させないことだ。

 もちろん仲間を守るのは当然のことなのだが、もし守りきれなかったらザクが国王になり、戦争が引き起こることになってしまう。

 それだけは防がなくてはいけない。


「・・・そういえばザクは、どこと、そしてなぜ戦争を考えているんですか?」

 ずっと疑問に思っていたことだった。

 相当なことがない限り、戦争を起こそうとは誰も思わないし、仮に起こすとして一体どこに対して戦争を仕掛けようとしているのか。

 なにかあるはずだ。


「それは・・・詳しいことはまだ」

 不自然な間があったように感じたがグラジオは続ける。


「しかしザクは、昔は誰からも慕われる素晴らしいお方だったんです」

「じゃあ、一体どうして」

「・・・私が知る限りではある人物と会ったときから、彼は変わってしまいました」


「詳しいことはわからないのですがひとつだけ。その方は自分のことを『放浪者』と名乗っていました」

「『放浪者』・・・」


 新たな人物登場に俺たちは動揺する。

 ザク、無音サイレント、そして敵と決まったわけではないが『放浪者』。

 既にこれだけの敵がいる

 わかってはいたがやはり一筋縄ではいかないだろう。


「ですが私達がするべきことは変わりません。必ず、ミリア様のご兄妹を救出しましょう」


 たしかにグラジオの言うとおりだ。

 今更目的を変えるわけにはいかない。 

 どのみち救出するしか俺たちに方法はないはずだ。


「アイルに行ってシオンという人に会う。とりあえずこれでアイルに行ってからやるべきことが決まりましたね」

 装備も強化し、訓練も積んだ。

 できる準備はしたはずだ。


「行きましょう。アイルへ」

『おう!』


 こうして俺たちは目的地 精霊国 アイル に向かうのであった。

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