第7話 決断

 そういえば気づけば俺は六歳になっていた。


 妹のルイはちゃんと元気に成長している。

 朝昼晩と常にうんちを漏らしては泣き、お腹は減っては泣き、夜中もしっかり泣いて両親はすっかりノイローゼだ。


 俺が赤ん坊の時は俺は全くと言っていいほど泣かなかったからな。

 だって30の大人がお腹が減ったから泣くなんてそんな恥ずかしいことできないだろ?

 まあどうしても我慢できなくてうんこを漏らしたときは色んな意味で泣いたがな。


 でもこれぞ子育てって感じだ。

 俺とベルもおむつの取り替えや家事の手伝いとかして家族みんなでなんとか対応している。


 ちなみにその中でもルミアの次に子供の世話が上手だったのはベルだった。

 最初テキパキとおむつを変える姿には驚いた。

 なんでも弟がいたらしくて同じように世話をしてあげていたらしい。


 最近ベルは少しずつ過去の話をしてくれるようになった。

 辛い過去と向き合っていこうとすることはとてもむずかしいことなのに。

 本当にベルは俺なんかよりも大人でずっと強い子だ。


 今ならちゃんとベルは俺達の家族だと心から言える。

 ベルもそう思っていてくれていると信じたいものだ。


 ///


 ある日、俺はダインといつもどおり剣術の訓練をしていた。

 もちろんベルも一緒だ。


 ベルは今も止まることなく強くなっていき、少し前の模擬試合でとうとう負けてしまった。

 それでもまだ俺のほうが勝つ事が多いが、実力差がどんどん無くなっていくのを実感する。

 俺もまだ体が出来上がっていないのだからまだまだ成長するのはわかっている。

 焦る必要はないのだろうが、やっぱり順調に強くなっていくベルを見るとどうしても焦ってしまう自分がいる。


 このまま悩んでいても仕方ない。

「お父さん、ちょっと聞いてほしい事があるんだけど・・・」

「おう、なんだ?」

「実は最近伸び悩んでいる気がして。剣術も魔法も」


 その言葉を聞いてうーんと悩むダイン。

 ダインも思う節があったのだろうか。


「実は俺も薄々は感じていた」

「ここだとやはり限界があるからな。ルイもできて、お前を頻繁に森に連れて行くこともできなくなったからな」


 ダインの言うとおり、ルイが生まれてからは森に行くことはめっぽう減った。

 ダインが自警団として働いている間はもちろんルミアがルイの世話をしているのだが、このままではいくらルミアといっても疲れ切ってしまう。

 そのため、仕事がない日はダインがルイの相手をしてその間ルミアには休んでもらっているんだ。


 しかしそうなるとダインも必然的に訓練に割ける時間は減ってしまう。

 仕方のないことなのだがダイン自身も訓練の時間が減少しているのを少し気にしていたのだろうか。


「もしお前がもっと成長したいって本気で思ってんなら、学校に通うってのがいいんだろうな」

「学校・・・」

「ああ、首都ルドベキアには魔術、剣術、武術あらゆる事を学べる学校があるんだ。しかもそこにいる先生は多分俺の何倍も強い」


 まさかこの世界にも学校があるなんて。

 しかもダインだって相当な実力者のはずなのにそこにいる教師の実力はそれ以上。

 ここまで理想的な環境があるだろうか。


「ただ、そう簡単な話ではない。

 その学校に通っている4年間は専用の寮に住まないといけないから簡単には帰ってこれないし、何よりその学校に入るのが難しいんだ。

 いろんなところから腕に自信のあるやつがそこに集まる。正直今から順調に成長しても難しいかもしれん」


 やはり誰から見たって理想の学校だからな。

 そう甘くはないよな。

 今だって、ただでさえ伸び悩んでいるのにたとえ順調に行っても難しいと言われては為すすべがないじゃないか。

 諦める・・しかないのか。


「・・・どうしても行きたいってんなら、方法がないわけじゃない」

 ダインは息子のかわいそうな姿に耐えきれず渋々口を開く。


「俺の昔の知り合いに今はソロで冒険者をやっているやつがいる。そいつのもとでお前も冒険者として実際に教わればこのままいくよりかは可能性が上がるだろう」


 ここまで聞くと俺にとっては行かないという選択肢がないほど願ってもない提案だが、一体なぜそれほど言うのを躊躇っているのだろうか。


 するとダインは一呼吸置いて、口を開いた。


「今から試験が受けられる十歳になるまでの間、ずっとな」


 ・・・多分これが言うのを渋っていた理由だろう。

 学校で四年、その昔の知り合いのもとに仮に行くとしたら十歳までのもう四年。

 つまり、もしかしたら八年近くは簡単には会えなくなることになる。

 当然だ。

 一緒にいた六年という時間よりも長いんだからな。


「今すぐ決めなきゃいけないことじゃない。ゆっくり考えてみてくれ」


 その日はそのまま訓練は終わった。


 俺はそれからずっと考えた。

 次の日も、そのまた次の日も。


 もちろん俺だって家族とはもっといたい。

 ただそれでは試験に受からないかもしれない。


 何かを成すためには何かを諦めなければならない。

 よく聞く話だ。


 そんなとき、ちょうど前世のことを思い出した。

 大学受験で遊びも全部断ってただ勉強していたやつ。


 あいつは結局第一志望に受かって、俺はあのとき勉強なんてしないで遊んでばかりいたおかげで見事に落ちぶれていったことを。

 そして最後の瞬間、俺はそれを死ぬほど後悔したのを。


 ・・・ああ、すっかり忘れていた。

 あまりにこっちでの生活が充実していて。


「・・・よし」


 俺はこの日、自分の中でようやく答えが決まったのだった。


 ///


 朝、リビングにみんなを集める。

 ダインとルミアの表情を見るとどうやら二人は俺が何て言うかなんてお見通しなようだ。


「俺、お父さんの知り合いの冒険者のもとに行くよ」


 その瞬間、ベルが「私も行く!!」と立ち上がる。

 がしかし、意外にもダインは「ダメだ」とすぐさま答えた。


 ベルは断られるとは思っていなかったみたいで呆然とする。

 俺もいつものダインならもう少し悩むと思っていたので、普段と違う意外な対応に驚きを隠せなかった。

 が、ルミアだけは隣でわかっていたのかのように落ち着いて座っていた。


「俺がカインにこれを提案したのはもちろんカインのためではあるが、実はベル、お前のためでもあるんだ」

 どういうことか理解できていないベルは硬直してしまうが、構わずダインは話を続ける。


「お前はカインに依存しすぎている。俺はベルに、カインがいなくては何もできないまま成長してほしくない」


 思い返せばダインの言う通り、確かに出会ってからずっとベルは俺といつも一緒で自分から一人で何かをしたという記憶はない。

 ベルも自覚があるみたいで言い返せないようだ。


 だけどベルは「でもっ」と泣きそうになりながらもなんとか言葉を出そうとするも、「一緒には行かせられない」とそれを遮るようにダインは言う。


 どうやら、ダインの意思は固いようだ。

 気持ちはわかるが今にも泣き出す寸前のベルを見るとなんとかならないものかと思ってしまう。


「ただし!」とダインは強調するように大きな声で言った。


「もし半獣化を制御できるようになって俺も良いと思ったら、途中からでもカインと一緒に教えてもらえるよう頼んでやる」


 ・・・やっぱり俺たちの父親は優しかった。


「・・・うん、わかった。制御できるようになってすぐ会いに行く」

 ベルも納得したようだ。


「そしてカイン!」

「俺っ!?」

 まさかのことでびっくりしてしまった。


「知り合いのもとに行くのは来年の春からだ!半年はここにいてもらう」

「これは俺のわがままだ」とダインは言い放った。


 その勢いに呆気にとられてしまうが

「あはははは」と、つい笑いが溢れてしまった。


 こんなにもかっこよくないダインは見たことがない。

 あのダインが俺にわがままを言うなんて。


 でもそれ以上にすごく、嬉しかった。


 こんなに愛されて、俺は幸せだ。

 その日の夜は家族みんな、同じ場所で眠ったのであった。

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