第3話 2年目の春

 そして去年と同じ今年は過ぎた。

彼女はただ年齢だけがかさんでいくのを感じながら、去年と同じ生活を今年も続けるのだろう、おそらく来年も、再来年も、そう感じながら柴田との二人だけの生活に何の違和感も感じていなかった。


 そして雪が解けていつも通りに冬は過ぎていった。


 春はいつも通りに初々しかった。

 特別な感動はなかった、あでやかに光り輝き、緑があちらこちらでのび始めていった。


 同じ形の雲がいくつか、空に張り付き流れていた。

 しかし、季節が変わっても自分自身は変わらない。

 それは当然なことなのかどうか、圭子には解からなかった。

 何も起こらない平易な生活、これを安定と呼ぶのだろう。

 これを幸せと呼ぶのだろう。これが求めていたものなのだろう。


 そうなのだろうか?

 自分は何を求めていたのだろうか。


 答えはタンスの中にあるのかもしれない。

 ATMで引き出せるものかもしれない。

 もしかしたら柴田が隠して持っているのかもしれない。

 その内、彼が「ほら」そう言って出してくれるのかもしれない。


 いずれにしろ、考えても答えは出てこない、探しても答えは出てこない。

 彼女はそう思った。


 その日から、柴田は仙台へ出張でいなかった。

 その夜は満月だった。

 空に重く大きな満月が浮かんでいる。


 夜空に落ちそうに浮かんでいる。

 雲一つない夜空、風もない、色もない、音もしない、目に見えるのは丸く大きな満月だけ、落ちそうに浮かんでいる。

 手を伸ばせば届きそうだった。


 その時、彼女は決心した。それは自分に正直になる事だった。


 そして圭子は、少し細めの唇に、真っ赤な口紅を、なまめかしくぬり。

 真っ赤なブラに真っ赤なパンティーをはき。

 そして自分の服の中でも一番お気に入りの、ちょっと派手な赤のワンピースを身に着け、鏡の前でポーズを取った。

 いい女だと思った。そして一人で出かけた。


 ジャズのかかる素敵な店、そう、以前、直美と来た店。


 圭子は、7時に店について、中を見回した。今はカップルは気にならない。

 一人でビールを飲んだ。

「柴田のことは何も考えない。彼も自分のこと考えていない」そう柴田のことを考えながらビールを飲んだ。


 ビールを2杯飲んだ後、ウイスキーを頼んだ。

「今日はお声がかからない。せっかくの真っ赤なブラに、パンティーは空振り」

 そう思い店を出た。


 今日は飲みすぎた。

 タクシーで帰ろうと思って、タクシーを待っていたその時、後ろから男の声がした。

「一人で帰るの」若い声だとは思ったがよく覚えていない。

 何となく不潔な店で、二人で飲んだその後、彼女はホテルで真っ赤な下着を脱ぎ捨てた。

 彼は柴田より若いようだった、彼女はそう感じながら彼を受け止めた。


 男は、何度も、何度も、彼女を許さなかった。

「若い男はしつこいな」

 彼女はそんな風に思いつつ何事もなかったように眠りについた。

 次の朝、彼女は目を覚まし男の顔を見ると、まだ学生のように見えた。


 彼女は「こいつまだガキか」そう思いながら男を見つめ、そして心の中で思いっきり叫んだ。「へたくそ!」

「結局、ガキのマスターベーションのお付き合いか」彼女はそう思いながら、少し気だるさの残る体をベッドからお越し、素っ裸のままシャワールームに向かい、そのままシャワーを浴びた。

 彼女はシャワーを浴びながら、考えようとしたが止めた。


 シャワールームから出ると男は起きていた。

「君、指輪をしているけど、結婚しているの?人妻ってやつ?」

 男が聞いてきた。圭子は黙っていた。


 圭子は長い髪をドライヤーで乾かし、真っ赤な下着をつけ、ワンピースを着た。

「ねえ、どう? お金出すから、定期的に会わない?」

 男が圭子に言った。

 彼女は思いっきり男の顔をひっぱたき、ホテルを出てきた。


 圭子は自分の部屋に戻った。一日留守にした部屋は寒々と冷え切っていた。

 入ったことはないが、棺桶の中に入ったような気すらした。

 今思えば、何のためのセックスだったのか。

 仕方ない、今月柴田と会えないのだ、そうだそうなのだ。


 私は何も悪くない。


 お昼を食べようとホテルを出ると、日は高く照りつけ、風は止まっていた。

 暑さは一段と彼女を焼き付けようとしているようだった。

 音が耳を貫き、色は単調に強く輝いていた。


 お昼ご飯は、何か無性にどんぶり飯を掻き込みたくなった。おもいっきりだらしなく、はしたなく、ガツガツと食べたくなった。おなかがすいている。

 そうだった、昨日もろくに食べていない、今日の朝も食べていない、彼女は来る途中に見かけたすき屋に行こうと決めた。そして、すき屋でどんぶり飯をたべた。思いっきりだらしなく、はしたなく、ガツガツと食べた。


 そして店を出て、外を歩いていた。目的もなく圭子は歩いた。突然雨が降り出した、叩き付けるような雨、スコールのような雨、大粒の雨が痛かった。

 彼女はそのまま歩いた。叩き付けられるままに、打ち付けられるままに、びしょびしょになって歩いた。

 彼女は何も思わなかった。何も感じなかった。だけど涙が流れた。涙が止まらなかった。そして部屋に戻った。


 次の日、朝起きた時、少し疲労感を感じていた。彼女は仕事に出かけた。

 仕事は相変わらず単調だった。彼女は係長だった。係長と言っても、仕事の内容は部下の仕事のチェックと資料作成。間違い探しと資料作成の毎日である。

 資料もいつも同じような数字の羅列。


 会議に出ても、特別な発言権もなく、報告が主である。

 仕事は覚えてしまえば単純作業の繰り返しだ。

 入社したころの思いはどこかへ消えてしまった。

 

 お昼休み、今日もB定食だ、サンマの塩焼き味噌汁、

 サラダに漬物付きこれで550円はないだろう。彼女は内心そう思っている。

 そんな彼女に部下の後藤が今日も近づいて来た。

「こんにちは」

「こんにちは」圭子も言った。


 彼も今となっては重要な話し相手だ。彼は会社の情報をよく知っている。

 彼からよく今の会社の状態が耳に入ってくる。

「係長、知ってますか?今度ね、企画室の部長が都倉さんに代わるみたいですよ」

後藤がこそこそと言う。

「ホント」圭子は正直に驚いてみせた。


 都倉と言えば40台の女性社員、やり手だったのは知っているが。

 企画室部長は、この会社で言えば重要ポストである。

 その座を握るとまでは圭子に想像できなかった。

 食後野菜ジュースを飲みながら彼女は考えた、のんびりしてられない。

 どうすれば早く昇進できるか・・・。

 

 そして仕事の帰り、今日もバスは席に座れた。圭子はさすがに疲れて眠った。

 そして気が付くと運転手さんの大きな顔が彼女を見つめていた。そして言った。

「お客さん、着きましたよ」 

 

 バスを降りて歩いていると、大きな音を立てて大きな花が夜空に飛んだ。

 花火だ、美しい、いつ見ても美しい。

 最近は、花火の音が迷惑という問題で、花火大会が速く打ち切られるようになったらしい。この音を迷惑と感じる人達がいるらしい。


 圭子はバスを降りると、いつものスーパーに向かった。

 サービスタイムは終了していた。

 今日は総菜も少ない。とりあえず、ほうれん草のお浸しと、唐揚げ、豆腐、インスタントの味噌汁。以上が今日の晩ご飯。そう思いながら、彼女はレジへ向かった。

 すると恥ずかしそうに店員さんが笑った。

「すいませんね、今日はお惣菜がすくなくて」


 部屋に戻り、食事を済ませて風呂場に向かい、そして風呂に入り、彼女は考えた。   

 そろそろ髪を切ろう。

 バッサリと切ってもいいかもしれない。

 ショートも似合うだろう。

 柴田は何というだろうか。

 そんな事を思いながら風呂に入っていた。


 彼女は風呂には30分入る、大体いつも同じである。

 風呂から上がると、付けっぱなしにしてあったTVから笑い声が聞こえてきた。

 パンティー1枚のまま、ソファに胡坐をかけて座り、TVを観ていたらそのまま寝てしまったらしい。

 気が付くと10時過ぎていた。寝室へ向かいパジャマを着てベッドに入った。

 彼女の今日が終わった。


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