ゆき着く先は斜陽

@lsakl

幕間 無作法な光

 今日はもう何時間ここでこうしているだろう。薄暗い自室の隅に座り込み、ぼんやりと辺りを眺めながらそんなことを思う。


 朝起きてからどれくらいたった?

 そもそも起きたのは何時?

 眠ったのは何時?


 時間すらもわからない。頭の上、ピンク色の可愛らしい壁掛け時計は、いつの間にか止まって動かなくなっていた。暗くぼやけた視界のせいか、その時計も随分と高い位置に張り付いているような気がする。


 固まった時計の前では、流れる時間に身を任せることもできない。


 上に傾けた首をゆっくりと下ろし、部屋に目を配る。箪笥、ベッド、机、目に入る物なんて片手で数えることができた。


 なんにもない。


 ここには、なんにもない。


 ボーっと空虚な内装を見ていると、ぼやけた視界が分かりやすかった。黒いモヤがかかったようなその景色は、みるみるうちに広がって、そのうち自分は覆い包まれてしまうのではないだろうか。そんな風にさえ思えた。


 より一層遠くなった時計を再度一瞥する。やっぱり動いていない。


 こんな部屋だから、時間も進むのを諦めてしまったのかもしれない。


「ハァ……」


 考えるのも面倒になり、壁に寄りかかるように座り直し、膝を力なく抱える。足を延ばすスペースは十分にあるのに、なぜかこの形に落ち着いてしまう。見下ろすと、自分のつま先が酷く薄く小さく見えた。こんな足ではどこへも行けないな。


「ハハッ」と蔑むような笑い声が聞こえた。

 その不快な声はどこから響いてきたのか。考えながら、窓を叩く外の風に耳を澄ます。


 窓の外では鳥が歌い、車が駆ける。見たわけじゃないけど、おおよそのことは音で分かってる。閉じたカーテンの向こうがじんわりと明るくなり、壁にベタベタと光の色を塗りたくっていく。そんな光を纏った外の景色は、こことは全く別の世界なんだろうなぁと、ほとんど無音の室内を見渡して思う。まあ、外を拒絶したのは自分なのだけど。


 自分から閉じこもっておきながら、外との隔たりに鬱屈とする。酷い矛盾だ。自分はいったい何を望んでここにいるのか。


 いやに角度がつき、カーテンの隙間から一層鋭く差し込んでくる陽光に気づいて目をそらす。そうか、もうそんな時間か。


 たとえどんなに暗い部屋だろうと、その光は絶えず差し込んでくる。ずけずけと無作法に。こちらが何を考えているかなんてお構いなしだ。そうなると結局こっちが眉を細めることになる。


「無作法といえば……」


 ふと口を開いた刹那、ダンダンと、はずみのいい足音が耳を叩いた。噂をすれば影が差すってやつだ。今、目の前に絶えず差し込んで鬱陶しいのはむしろ光の方だけど。


 今日も来たか……


 こちらに足を急がせる音が大きくなる。


 とりあえず、ドアをこじ開けられたら敵わないと、ドアを背もたれのようにして寄りかかって座る。いつものように膝を抱えて、まるで意思を持たない岩やバリケードみたいに。……いっそその方が楽でいいかもしれない。


 さて、今日はどうやって追い返したものか。

 昨日考えた作戦は通用するかな。


 通用したことなんてないけど。


 程なくして、喧しい足音はドアのノックの音に変わる。


 ドンドンドン!


「はぁ……」


 漏れた自分の息が、木製のドアを叩く音を縫うように響く。


 この時、自分はどんな顔をしているのかな。一人じゃ確かめようがないや。


 だって、この部屋には鏡もないんだし。

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