焔咲く、秋の緋の丘

舞香峰るね

焔咲く、秋の緋の丘(一)

 ハァ、ハァと荒い息を吐き続けた。

 峠の頂上を目指すわたしは、重いペダルに悪戦苦闘していた。

 秋とはいっても未だ太陽の直射はジリジリと熱く、身体に貼り付くサイクルウェアのわずかな隙間から、日差しはわたしの素肌を刺している。もう秋だからと油断していたのかもしれない。予想外の熱気に、わたしは眩暈めまいを覚えていた。

 ペダルを回す動きも緩慢で、上り坂とはいえあまりにも進みは遅かった。目線を真っ直ぐ道の先に向けるのも億劫で、前方わずか数メートルの地面をひたすら睨み続け、わたしは動かない足を叱咤する。

 滴り落ちる汗がアスファルトを濡らし、歪なシミを作り出す。だけどそれはすぐに、わたしの視界から消えてゆく。

 頂上まではまだ遠い。

 この峠道の斜度はおおよそ六〜九パーセント。でも、ところどころ罠のように十数パーセントに跳ね上がり、わたしの足を削っていく。

 どうしてこんな道を登ろうと思ったのか、わたしは昨日の自分に腹を立てていた。


 この坂の先、丘の頂上うえには公園がある。遊具のない芝一面の公園。休日には親子連れがシートを敷いて一日をのんびりと過ごすような、そんな公園。そこの彼岸花が見頃だという投稿を、わたしはSNSで見つけていた。

 秋の一時期、彼岸花なんて至る所で咲いている。だけど他人の敷地内に立ち入ることはできないし、道路脇で咲いていても立ち止まってじっくりと眺めるのは危なくて難しい。だから丘の上の公園に行こうと思った。

 でも、走り始めてしばらくすると、お臍の下あたりがむずむずモヤモヤとして集中できなかった。お腹が痛いとか熱があるわけではないのに、力が入らない。全身に何かが取り憑いたかのような、正体不明の倦怠感に襲われた。平坦な道ならなんとかなったけれど、向かい風や上り坂では誤魔化せなかった。

 いわゆる「バッド・ディ」というやつだった。

 力が入らないし、それにどこか気持ち悪い。

 ダンシング、つまり立ち漕ぎを試みて車体と自らを左右に振っても、二三漕ぎでおしまい。すぐに力が抜けていく。足を動かしたい気持ちと、足を動かすことができない体。心身が全く噛み合わず、わたしはイライラが止まらなかった。

 

 そんな感じでに坂道に苦しんでいると、後方から自動車のエンジン音を包み込んだ空気が迫りつつある、そんな気配を感じた。

 一気に緊迫感が高まり、

「ヤバい」と小さく口にした。

 フラフラな低速走行では、追い越す自動車にとっては迷惑だろう。わたしは速度と姿勢を少しでも安定させようと、力の入らない足を無理やり動かそうとした。

 でも無理。

 ほんの数十メートルを登ったところで、わたしの足は持ち主の意志に反して動くことを拒否しだした。

「なんで、こんな……時に、車が……来る、のよ!」

 途切れ途切れに小さく苛立ちを口にした。上り坂で車に迫られるのは、追い詰められていく気がして本当にイヤだ。左右にブレたり斜行したりしないように意識して、安全に追い越されるために、わたしは緊張しながら慎重にペダルを漕いだ。

 この峠道は公園に向かう家族連れの車がよく利用する。だからこの峠は交通安全を意識して走行できる。それに人の目も多いから、女一人でも気軽に挑戦できるので、それなりにキツいけどわたしもよく利用している。いつもはもっと軽快に登れるし、「がんばれー」なんて車窓から声をかけてくれる子どももいたりするから、後方からの車はイヤだけどそれ以上の感情は抱かない。

 でもこの時のわたしは自分勝手で、

「こんな道、車で走んな!」と少し乱暴な言葉遣いで、理不尽なことを小さく口にした。あ、いつもはこんな言葉遣いはしないよ。こんなの、弟と喧嘩する時ぐらい?

 ところが、車の方もやたらトロトロとした運転で、わたしを苛めるかのように後ろからついてくる。わたしの登坂速度は時速にして10キロあるかないかなのに、抜いていかない。苦しむ女の姿を、そんなに見たいのだろうか。

 苛立った私は、

「ついてくんな!」と再び小さく悪態をつく。かさね重ねだけど、本当にこんな言葉遣いは普段はしません。誰にでも丁寧語が原則のわたしです。

 あまりのしつこさに、怒りとともに振り向いたわたしの目に飛び込んできたのは、見覚えのあるパステル・ブルーの軽自動車。

 乗っているのは、わたしが丁寧語を使わずに話す数少ない相手。

 気が抜けて、少しだけイライラもおさまった。

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