【第八羽】開花 ―雨の天使―

【第八羽】一、異変

 最初に村の異変に気付いたのは、レオンだった。煙の匂い、そして空気の振動から何かを敏感に察知した。落ち着きなく辺りをぐるぐると歩き周り、空へ向かって吠え始めたレオンに、リヴが気付いた。いつも一緒にいる分、レオンの不安がリヴには自分のことのように伝わる。何かがおかしい、と思った時には、空からパラパラと砂粒が舞い落ちてきていた。


 地面が揺れている。地震を経験したことのない村人たちは、初め何が起こっているのかわからなかった。やがて空が灰色の粉塵で覆われ、砂や小石が頭上に落ちてくると、村人たちは右往左往と逃げ回り、騒然となった。


 田畑を耕していた人たちは、周囲に身を隠す場所もなく、その場に蹲った。鉱山で発掘作業をしていた人たちは、突然大地が揺れて、坑道が崩れだしたため、慌てて外へと逃げた。しかし、間に合わずに生き埋めとなってしまった者も何人かいた。

建物の傍にいた人たちは、中へと入って砂や小石から身を守ることができた。だが、外の様子が分からないので、一体何が起きているのか全く分からないまま不安を抱えていた。


「一体、何が起きているんだ……」


 村人たちは不安げに空を見上げる。昼間だというのに暗い曇天は重たげで、今にも頭上に落ちてきそうだ。

その時はまだ、異変の発生源が火山にあることを誰も気付いていなかった。


 サニアが飛び立った後、一人取り残されたレインは、その場から動けないでいた。力なく地に腰を下ろすと、項垂れて、しばらく瞑想した。サニアの言葉が何度も耳に響いて聞こえている。自分の所為でリヴは視力を失ったのだ。


 では、助けなければ良かったというのか。あのまま見捨てていれば、リヴは確実に息絶えていただろう。それでは、今のリヴの存在が全てなかったことになってしまう。こうしてレインと出会い、互いに心を通わせることもなかった。それだけは絶対に嫌だと思った。


(もう一緒にはいられない)


 リヴの不幸の元凶が自分にあると分かった以上、彼女の傍でのうのうと暮らしていくことは出来そうもない。リヴの目を見る度、自分の罪の重さを思い知ることになるのだ。彼女の苦しみをよく知っているからこそ、知らないふりも平気な顔も出来るわけがない。何よりレイン自身が自分を許せなかった。


(約束……したのにな)


 ずっと傍にいると誓った、リヴとの誓いを破りたくはない。だが、リヴがこの事実を知ったらどう思うだろうか。レインは頭を抱えた。

彼女は優しい。だからこそ、きっとレインのことを許そうとするだろう。それでも、自分から光を奪った者を前にして、平常でいられるとは思えない。また胸の内に闇を抱えることになる。例え、レインが罪の意識に耐えられたとしても、これ以上リヴを苦しめることだけはしたくない。レインはしばらく、彼女のために何か自分にできることはないだろうかと思案し続けた。


 大きな破裂音がした。爆発に近い、何かが弾け飛ぶような音だった。空が割れるのではないかと思うほど激しく、皆が驚き空を見上げた。すさまじい音と地響きを立てて、二メートルもある大きな岩が村の真ん中に落ちてきた。建物は崩れ、瓦礫の山となっている。あっと言う間の出来事で、その周囲にいた人たちは、一瞬何が起こったのか分からなかった。だが次の瞬間、女の叫び声で我に返る。誰かが岩の下敷きになったらしい。必死に呼びかけるが、返答はない。女は下敷きとなった者の妻だったようで、泣きながら岩にしがみついている。助けて、という女の叫び声に、周囲にいた人たちが力を合わせて岩をどかそうと試みるが、びくともしない。


 その間にも、空からは続けざまに岩が落ちてきていた。二メートルとはいかないが、当たれば即死だろうと一見してわかる速さで落下してくる。防ごうにも、目の前で建物が簡単に崩れた姿を目にしていては、どこへ逃げれば良いのかわからない。誰かが言った。とりあえず、坑道へ行こう、岩からは身を守れる筈だ、と。そして、家に籠っている者たちに呼びかけながら山へと向かう。すると、今度は反対に山から村へと逃げてくる一団と遭遇した。炭鉱夫たちだった。


「こっちはダメだ。坑道が崩れて中へは入れない」


 炭鉱夫たちは、村の家屋が崩れた様子を見て愕然とした。彼らもまた、村へ戻れば防げると思っていたのだ。これでは一体、どこへ逃げれば良いのというのか。人々は恐慌状態に陥った。泣き叫び、神に祈る者もいた。そんな中で、誰かが空を指して言った。


「見ろ、山だ……山から岩が降ってくる……」


 その時初めて、この異常事態の発生源が火山にあることを村の数人が気付き始めていた。



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