羨ましい青春
安達尤美
羨ましい青春
僕の人生はすこぶる普通だ。朝は7時に起きて、ダラダラと朝食を取って学校へ向かう。
「おっす! 昨日の実況動画見てた?」
学校へ行けば、友人が昨日の動画の話をしてくる。
「見てたけど、気づいたら寝落ちしてた」
「そっかー、こっちは最後まで見たせいで寝不足だよ」
「最後どんなったの? 教えて」
そうして寝落ち後の話を程々に交わしていく。友人は面白かったと言うけれど、僕的にはあまり合わない内容だった。
ふと視線の先に、グラウンドでサッカーをしてる男子生徒の姿が見えた。同じクラスで、最近彼女が出来たと噂されてる奴だ。
羨ましい……
その姿を見て、僕は嫉妬してしまう。
僕にはなにか取り柄と言えるようなモノはない。勉強も運動も平凡。部活も文化部で、全力を注ぐなんてことは全然していない。
そのせいか彼女なんてできた試しもない。
アイツは正反対だ。勉強も運動もできるし、部活もレギュラー。顔面はあまり大差がないのに、他の部分で差がつき過ぎている。
……見てたらなんか腹立ってきた。
僕は唾棄する気持ちで視線を切ると、さっさと下駄箱へと向かった。
昼休み。僕はいつもの友人と、連れ立って教室で昼食を取っていた。
食べてるのは購買で買った菓子パンとミルクティー。そして母親が作った弁当だ。
「おい、アレ」
友人が中庭の方を指差している。ニヤニヤとした顔が実にイヤらしい。
僕も視線をやる。だが秒で後悔した。
そこには朝に見た、クラスメイトが彼女と弁当を食べてる姿だった。
「やっぱり、噂は本当だったんだな」
友人が満足そうな顔で言う。自分が付き合えてる訳でもないのに、他人が付き合ってるのを知って何が嬉しんだ?
「くっそ羨ましい……きっと手作り弁当だぜ、あれ」
そっちについては実に同感だ。
何が楽しくて、男と肩寄せあって弁当食べたなきゃならないんだ。
僕だってできるなら、彼女の手作り弁当食べたいよ。
「帰りにどこか寄ってく?」
放課後、人の減った教室で友人と話す。周りは自分の所属する部活に向かって、足早に教室を後にしていく。
件の彼女持ちは、掃除当番でまだ教室に残っているが。
「サイゼでFPSやろうぜ。今日から新イベントだろ」
「ちなみに部活は?」
「うーん、今日はパスだな。新イベント初日に部活なんてやってられねぇよ」
「だよね」
そうして僕たちは教室を出ようとする。すると、件の彼女持ちと目があった。
お前は今から部活なんだろ? 精々活躍して青春を謳歌しろよ。僕は平凡な日々を代わりに過ごすからさ。
少しの睨みに気持ちを全部込める。こっちは華のない日々なんだから、これぐらいは許されるだろ。
「何してんだ? 早く行こうぜ」
友人に急かされて僕は視線を外す。けど視界の端に、少し怒ってるような彼女持ちの姿が見えた。
怒らせたか?
謝った方がいいかと少し思ったが、どうせ話すこともないので無視することにした。
「早く起きなさい! 遅刻するわよ!」
時刻は5時半、毎度お馴染みの母親の声で起こされた。
頼むからもう少し寝かせてほしい。昨日も夜遅くまで起きてたんだから。
とは言っても、時間としてはギリギリなのだから仕方ない。ここで起きなければ、ほぼ確で朝練に遅刻するのだ。
急いでご飯を駆け込み、着替えもそぞろに家を出る。時間がないせいで寝癖を治しきれなかった。
学校へ急ぐこと朝七時。いつも通りに朝練が始まる。
ここから1時間、基礎練をみっちり行っていく。基本は大事と言っても、寝る時間削ってまでやることねぇだろと思えて仕方ない。
そうして仕上げのダッシュ練に入った頃、ぞろぞろと生徒が登校してくる。
その中にふと、クラスメイトの一人が目に留まった。取り立てて特徴のない、よく知らない奴。
羨ましい……
俺はそんな奴に無意味に嫉妬してしまう。
自分で言うのもなんだが、俺は勉強も運動もまぁまぁできる。部活を頑張ってるし、彼女も最近できたところだ。
けどそれは身を削って努力してるからだ。毎日ヘトヘトで、しんどい思いをしてるからちっとも嬉しくない。
だからしっかり睡眠取って、ご飯もきちんと食べてるだろうコイツが、羨ましくて仕方がないんだ。
ちっ、いらんこと考えちまった。集中集中。
俺は不快感を振り切るように、意識をダッシュ練に向けるのだった。
「ねぇ、お弁当作ってきたんだ。一緒に食べようよ」
「あ、ああ。いいよ」
昼休み。彼女の提案を受けた俺は、友人の誘いを断って中庭のベンチまで来ていた。
ここは様々な教室から見られる絶景ポイントだ。あらゆる人間に、付き合ってることを宣言してるに等しい。
教室からは、俺らを冷やかす男子生徒たちが見えた。その中には、朝に見たクラスメイトもいた。
羨ましい……俺だって冷やかす側に回りてぇ。
俺はこの子のことがそんな好きな訳じゃない。何度も告白されたり、噂が流れて『付き合ってやれよ』って空気になったから、折れて付き合ってるだけだ。
俺はどっちかっつーと、友達と馬鹿なやり取りしてる方が好きな人間なんだ。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
彼女の作った卵焼きを食べる。一生懸命作ってくれたのは伝わってくるけど、俺はしょっぱいのより、母親の作る甘い卵焼きの方が好きなんだ。
こっから部活と塾かー
放課後。掃除当番で教室に残っていた俺は、箒で床を掃きながらそんなことを考えていた。
部活と塾、どっちかだけならまだいい。けど、どっちもとなると限界超えてヘトヘトになるのだ。
おまけに帰宅時間が9時近くなるから、飯食って風呂入ってしてると、あっという間に寝る時間になってちまう。
「うーん、今日の部活はパス。新イベント初日に部活なんてやってられねぇよ」
「だよね」
ふと耳に届く部活サボり宣言。俺は声の主を探した。
またコイツか……
そこには友人と会話するアイツがいた。羨ましくて仕方ない。俺だって、できれば部活も塾もサボって新イベントをプレイしたい。
けどそれはできないのだ。どっちも自分の将来のために、捨てることはできない。
なんて考えてるとソイツと目があった。僅かだが睨まれているような感じがする。
ふざけんなよ。睨みたいのはこっちだっつーの。
その視線に怒りが湧き起こる。いいよなてめぇは、好きなこと好きなようにやれて。友達と楽しい青春を送れてよ。
こっちは部活に勉強に追われて大変なのに。その余暇を、少しぐらい分けてほしいよ。
俺は怒りを込めた視線をヤツに送り続けた。
だがソイツは俺なんか気にもせず、友人と斜陽の中に消えていった。
羨ましい青春 安達尤美 @snown0ki4
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