第111話 魔王の声

『コード入力……、処理中です……』


おお、止まったな。


足場の揺れが収まり、慣性で壁に叩きつけられるも、俺は壁を蹴って受け身を取る。


「へぶち」


アニスは顔面を壁にぶつけている。


……が、しかし、最低限の受け身はとったらしく、死なずに済んではいるな。


「いたた……、うわ、鼻血出ちゃった……」


「これで終わりか?」


「え?うん、そのはずなんだけど……」


ハンカチで鼻を拭きながら、首を傾げるアニス。


「はず、とは?」


「その……、処理が、なんか遅くて……」


『……緊急停止命令、拒否』


は?


また動き出したぞ。


俺は目を細めた。


「ひっ……!待って!待って!殺さないで?!」


アニスが土下座をし始めるが、お前の空っぽの頭を下げて何になるんだ?


砂臭いつむじをこちらに向けられてもな。


俺は手にショートソードを握りながら、アニスに質問をした。


「移動要塞を止められるって言うのは、嘘だったのか?」


「ち、違うよっ!嘘なんか、あ、あたし、違くてっ!嘘なんか、ついてないよっ!」


荒い呼吸で必死に言い訳するアニス。


惨めに命乞いをすれば寿命が伸びるとでも思っているのだろうか?


ムーザランでは、相手の隙を作る以外に、命乞いをする奴なんていなかった。


土下座は皆割と頻繁にするが、それは相手を騙す手段でしかない。


仮に、土下座で許しても、次会った時には罠に嵌めてくる。それが模範的ムーザラン民だな。誇らしいよ。死にやがれ。


……余談は良いとして、アニスがどう言い訳をしても、現状は、移動要塞は止まっていない。


「では、これはどういうことだ?お前の言った通りにブリッジまだ来たというのに、移動要塞は止まらなかったぞ?」


ゆっくりと再起動する移動要塞スピリット。


アニスは、壁に手をついて両足を生まれたての子鹿のように震わせながらも、ブリッジのインターホンらしきところに声をかけた。


「と、問い合わせてみる!……こちら、管理者アニエスティア・エル・フロレンシア・サンドランド!命令拒否の理由を答えよ!」


『回答。最上位管理者ニヨル命令ヲ第一ニ遂行スル為、下位管理者ノ命令ヲ拒否』


「え……、う、嘘、そんな……!」


ふむ。


もっと上の立場の命令で動いている為、拒否する、と。


妥当な話だな。


「あり得ない、あり得ないよ、そんなこと!」


「何がだ?」


「最上位管理者は……、この移動要塞スピリットを作った、『知恵の勇者』……、ルカ・オーツその人だよ?!!!」


ああ、行方不明の先代勇者、だったか?


「エドならともかく、ルカ様がこんな酷いことをするなんて、考えられない!何かが起こってるに違いない……!」


はあ……。


まあそりゃ、何かが起こっているからこうなっているんだろうと思えるが。


「それで、結局どうなんだ?」


「へ?あ、その……、止められない、みたい……?」


ああそう。


いつも通り使えないな。


ならそれはそれで割り切るとして……。


俺は、ショートソードで目の前のブリッジとやらのドアを切断した。


そして、ドアを蹴り破り、無理やり内部に乱入する……。


「えっちょっ!乱暴!エド、乱暴だよっ?!」


「時間がないんでな」


そして、中に入ると……。




「……は?う、そ?なに、これ」


そこには、肉の塊があった。


ブリッジはどうやら、元々はSF的な、スペースオペラ的宇宙戦艦のそれのように、大きなモニタやパネルがたくさんある、近未来的なところだったようだが……。


その機材を覆うように、赤黒い肉の塊がへばりつき、不気味に脈動している……。


操縦用のメイドガーディアン達も、その肉塊に寄生されているらしく、頭や胴体から肉の芽を生やしながら、エラー警告文を狂ったように響かせつつも操縦桿を握っている。


モニタの部分には巨大な血走った眼球があり、その眼球に浮かぶ複数の瞳孔が全体を俯瞰し……、そこから血管のようなものが、操縦席に伸びている。


そしてその血管のうち、一際太いものが、艦長席に伸びていて……。


そこには、生皮を剥がれた男の、上半身が繋がれていた……。


「ゔ、おえええええっ!!!!」


アニスが嘔吐する。


またかよこの女。良い加減飽きたぞそのリアクション。


「アニス、この男がルカとかいう奴か?」


「おええぇえええ!!!げほっ、げほっ、うえええええ!!!」


「アニス」


「ひ、ひ、ひぃ、いや、いや、嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!!いやあああああっ!!!!」


俺はアニスにデコピンした。


「ほんぎゃあ!!!」


アニスは縦に三回転して、肉塊に頭から突っ込む。


めんどくさいなこいつ……。


足を引っ張り、肉塊から引っこ抜く。


「こいつがルカか?」


「……分かる訳ないじゃん!!!こんな、こんなっ!こんなの!分かんないよ!!!」


なんだこいつ……?


急に態度が悪くなったな。


錯乱……というやつか?


ムーザランでは全員が最終的には錯乱するので、俺はもうそういう人の機微とかよくわからんね。


最終的に全員殺せば良いとだけしか覚えていないので……。


それより、こいつがルカかどうかははっきりさせておきたい。


ルカであれば回収して、ルカの夫を名乗るエルフ女に渡さなくてはならないからな。


……いやその辺は、お優しいララシャ様が、「妻の元に夫を返してやれ」と仰られていたので。


どんなにどうでもいい任務でも、ララシャ様から与えられたのであればそれは最優先事項となるのだ。


とにかく、こいつがルカだった場合、回収して、王都のエルフ女に渡す。


「よく見ろ、こいつがルカか?」


「ひっ!やめてえ!分かんない、分かんないからあ!」


……使えないな、本当に。


本人に聞くか。


「おい、お前がルカか?」


「あ……、あ……」


駄目だ、こっちもまともに喋らない。


皮を剥がされたくらいで情けない……。


ムーザラン民ならアイアンメイデンに入れられたり、溶岩に放り込まれたりしても、しれっと出てくるぞ?


ふむ……、ならば……、どうするか……。


そう思って三秒ほど悩んだが、まあ、斬ればいいやと結論が出た。


俺がショートソードを握る。すると……。


『まさか、あの機械兵団を切り抜けてここに来るとはな。最強の勇者との噂、強ち間違いでもないらしい……』


と、目の前の皮を剥がれた男の上半身が喋った。


……いや、これはあれか。


声を届けるタイプの魔法か。


興味ないけど。


『初めまして、月華の勇者。声のみで失礼するが、我が今代のまお』


首を刎ねた。


で、その首を回収して、アニスに持たせる。


アニスは拒否したが、もう一度デコピンしたら直った。道具が壊れたら叩けばいいと、昔あった共産圏のとある国ではよく言われていたらしいが、真にその通りである。


さて、後は……。


『き、貴様……!この我を』


なんか、斬り飛ばした首の切断面から黒いモヤみたいなのが出てきて、そいつが喋り始めたが、どう見ても敵なので斬った。


そうしたら今度は……。


『貴様ァッ!!!この魔王を舐めるなアアアッ!!!』


と、ブリッジの肉が膨張して押し潰そうとしてきたので、ブリッジの壁を突き破り、外部へと飛び出した……。


『月華の勇者ァ!!!貴様もこの、先代の勇者と同じように解体し、我が力と変えてくれるわァ!!!』


そして、赤黒い肉はどんどん膨張し……。


『知恵の勇者から奪いし力と!この我の暗黒の魔力を組み合わせた!《殺戮要塞ズガガング》で、貴様を踏み潰してやろう!!!』


移動要塞と融合。


機械要塞と肉塊の組み合わさった、巨大な化け物に姿を変えた……。


まあムーザランではよくあることなので問題ないな。

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