第21話 チェリーの森

「あれ?エドは何も買わなくて良いんですか?」


「欲しいものはない」


神剣を三千本くらい持ってるんだぞ、これ以上何が必要なんだよ。


「食糧とか……」


「要らん」


何度も言うが、『聾の者』に飲食や睡眠は不要だ。


ってか気安いなこいつ。もう既にエドと愛称で呼んできやがる。


まあ良いや、買い出しとやらは任せておこう。




さあ、早速仕事開始だ。


まずはまた森に向かう。


そして、移動を始めて三時間後……。


「ちょ、ちょっ、待っ、はあ、はあ、はあ……」


「何をしている?遅いぞ?」


「ごほっ、ごほっ!無理です!ぜえ、ぜえ……」


「何が無理なんだ?」


「と、止まって!止まってください!」


はあ……?


足を止める。


「何だ?」


「ちょっ、と待って、待って、ください……、ぜーはー、ぜーはー……」


ん……、ああ、あれか?


疲労とか言う概念。


聾の者にはないからなあ……。


「疲れたとか言うやつか?」


「は、はい……、はあ、はあ……」


うーん、効率悪いなあ……。


一々足止めされるのか……。


本来なら一週間で全部のモンスターを狩るつもりなのだが、これじゃ倍はかかるぞ……。


「はあ……、ふう。落ち着きましたよ。言っときますけど、私じゃなくてエドがおかしいんですからねこれ?」


「そうだろうな」


「どんな体力してるんですか全く……」


「しかし困るな……、俺の予定では二日でサイクロプスを討伐する予定だったんだが」


「ふ、二日ぁ?!十日かけてやる依頼ですよねこれェ?!!」


「休みなく歩き、会敵して即殺せば、二日で終わるぞ」


「私、よく分かんないですけど、人の手が入ってない森の中を二日間歩くとか普通にバケモノの所業ですよねそれ????」


そうかな……?


そうかも……。


まあ聾の者はある意味ではバケモノなので特に問題はないな。


「とりあえず、休憩しましょう!お昼休憩です!」


「好きにしろ」


俺は、音溜まりを設置した。


《MELODY FIXED》


「え?何ですそれ?」


「音溜まりだ」


「怖……。なんかの儀式です?」


「まあそんなところだ」


「ええ……、呪われたりしませんよねこれ……?」


「知らんが」


「勘弁してくださいよぉ……」


とにかく、隣に座らせる。


「あ、お店でお弁当作ってもらいましたよ。一応、エドの分も買ってきました」


ふむ、これは……、そう、サンドイッチだったか。


食事とか全然しないからなあ。


まあ、一応もらっておくか。


頼んでもいないのに律儀にも俺の分も用意しておいたこいつは、恐らくは良い奴なんだろう。


因みに、サンドイッチはツナマヨと卵だった。


ツナ?マヨ?なんであるんだ、意味不明だな!


「あ、そうだ。エドは異世界から来たんですよね?何か異世界の話をしてくださいよ」


ふむ。


「誰が死ぬ話が聞きたい?」


「死ぬ前提?!」


「じゃあ、誰を殺した時の話を聞きたい?」


「何でそんな殺伐としているんですか?!良かったこととか、もっとポジティブな話をしてくださいよ?!」


ポジティブ……?


「………………ふむ。ええと………………、そう………………、ララシャ様が可愛い」


「散々悩んで出てきた言葉がそれだけェ?!!」


いやマジで、ララシャ様が可愛い以外に癒しとかなかったし……。


あー………………、それと………………、うん、これだ。


「焼いたウサギの肉を売ってくれる『ごろつき』のおじさんが優しい」


まあごろつきのおじさんは最終的に熊に襲われて死ぬが。


「……他は?」


「ちょっと待ってくれ頑張って思い出す、一分、いや三分くれ。………………あー、そうだなあ」


後はこれだ。


「森の主の猫が話を聞いてくれる」


「おぉ……、もう……。居た堪れなくなってきました……」


気の毒そうな面をするシーリス。


「なんか……、こう……、辛かったんですね」


「辛いとかそう言う感情はすぐにどうでも良くなるぞ?」


「あ、はい」




移動を再開。


森が深くなってきた。


「引っかかったぁ?!」


「痛っ!転んだ!」


「ひええ!蛇ぃ?!」


足手纏いさんをフォローしながら先へと進む。


が、残念ながら旅程の半分も消化できなかった。


野営をすることになったのだが……。


「あ、雨……」


雨が降り始めた。


「寝ろ」


「無理ですよ……。雨が激しくて寒いし……、火もつけられないし……」


ええ?


眠れない?


何故だ?


「ど、どうしましょう……?このままだと、凍え死にしちゃいますよ……」


ああ、寒いとかそう言うアレか。


こんな程度で寒い扱いなのか?


氷の吹雪が吹いて初めて寒いと言い、溶岩にダイブして初めて熱いと言う、感覚ガバガバ聾の者としては、氷雨程度で寒さは感じないのだ。


しかしそうか……、寒くて眠れないのか。


俺は、マントを取り出す。


《北方の獣毛外套》

《温かな獣毛で作られた外套。

ふわふわとしたそれを装備すれば、氷結攻撃に対して強い耐性を得る。

北方の民は、獣毛を身に纏い寒さを堪えるという。

それはいつしか、寒さを堪えるよりも、強き獣の姿を真似て力を取り入れる儀式へと変じた。》


「来い」


「は、はい」


俺は、膝の上にシーリスを座らせた。


「えっ、ちょっとその……?!」


「寒いんだろう?温まれば良い」


「は、はい……、失礼します」


少しの間、逡巡したシーリスだが、すぐに寒さに耐えきれずに俺の膝上に腰を下ろした。


俺は、シーリスを包み込むように獣毛外套で包む。


「あ……、あったかい……」


「寝てろ」


「……はい、その、ありがとうございます。おやすみなさい」


あ、因みに、ララシャ様はその辺で浮いてるぞ。


雨除けの必要はないとのこと。


いかに弱体化していらっしゃるとはいえ、寒いくらいで死ぬ訳ないんだよなあ……。

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