エピソード8「いくつかの戦端」
第82話 不穏な2年A組
「三田くん、あんまり水をがぶがぶ飲まない方がいいよ?」
「悪い悪い。もうこれっきりだからさ!」
再び列から離れた九十九は排泄が済んだとして、配置に戻った。
〈
〈夜の鉤〉を一人でも蹴散らせる九十九だが、ここから先は騎士団が主導で陰謀と戦ってもらいたいと考えている。
2年A組の同級生にしても、ちょっとした補助はするが個々の選択で明日を切り開いてもらうことに決めていた。
「MIA、こうして歩いている間、何かあった?」
「新代田さん、北六条さん、若松さんは小声で盗賊に対処する際の細かいことを決めていました。雲雀丘さんの呼びかけとは反する選択を取る気です」
「はは、まあそうなるわな」
盗賊と出会う前に2年A組は火種を抱えた状況になっていた。
ミンリダ・獣人たちの先行きも怪しい。
何とか〈夜の鉤〉の野営地からは離れられたが、食料はあと1日分だということだった。ドローンを通じて九十九はミンリダと話し合ったが、単純にイシュラ帝国に戻ればいいというわけではないようだ。
ミンリダも歯切れが悪い。
「来た道を引き返せばイシュラ帝国に戻れますが、獣人たちが保護されるかといえば……わかりやせん。ボルティガらは獣人の国のガーシンからの難民で、〈紅の暴勇〉も違法な奴隷商から奪っただけです。〈紅の暴勇〉に捕まらなくても非合法な農園で重労働させられる予定でしたんで」
「えっ? スプライスは獣人が嫌いだから捕まえて集めたんじゃないの?」
「いいえ。たまたま出会った闇の奴隷商を襲って、商品としてボルティガ達を手に入れたんでさぁ。さっきも言いましたけど〈紅の暴勇〉は後ろ盾を失って経済的にかなり追い詰められていますぜ」
「はあ……じゃあイシュラ帝国の役人はボルティガ達と出会ったらどうするんだ?」
「う~ん、多分ですが追放でしょうね。国境まで連れて行って『とにかく出ていけ』って感じですかね」
これには九十九は頭を抱えた。イシュラ帝国までの食料を用意して、道中の獣人の警護を〈紅の暴勇〉にさせれば終わりだと思ったがそうもいかないようだった。ただ難民に戻すのはボルティガ達があまりにも可哀想だ。
九十九がここは第三騎士団団長マースクの知恵でも借りようと考えていると、全体に停止命令が下される。
「間もなく盗賊どもの野営地に到着する。ここからは会話を控え、接敵に備えよ!」
伝令も小さい声で触れて回る。
ザワザワとした緊張感が走り、盗賊団との距離が近いのが2年A組の人間に伝わる。
おっつけ騎士団・歩兵・弓兵・魔法兵・傭兵が分かれ、動き出す。
騎士の一人が傭兵ギルドと2年A組に接近し、切迫した声をあげる。
「第一騎士団が盗賊達にこれから突撃をかける! 傭兵ギルドはここで討ち漏らし、逃げた盗賊を捕まえてくれ!」
観ると第一騎士団は横一列となり進んでいく。騎士団の姿が消えると兵士が〈蒼ぎ鷲〉サンドックに駆け寄り、より具体的な指示を告げる。
了承したサンドックが傭兵たちと2年A組の配置を仕切る。
「んだば、ベテランが前に出て、新人さは後ろで用意してけろ!」
2年A組の真ん前に〈蒼ぎ鷲〉が陣取る。
サンドックらがより騎士団に近い位置で待ち構え、その後ろに九十九たちが待機し、立ち向かうこととなる。
2年A組の生徒たちの顔に濃い緊張感が走る。
九十九は冷静に周りを観察していた。60メートル離れた場所にブルトゥル団長がいるのを確認する。
〈蒼ぎ鷲〉のメンバーもじっくり見る。柔らかな物腰のサンドックに比べ、その他の〈蒼ぎ鷲〉の面々は厳めしい風貌の者が多い。全身傷だらけの斧を持った巨漢、痩身の片腕の鑓使い、迷彩服風のフードを着た猫背の弓師――冒険者というよりはやはり傭兵といった風体だ。
待機して間もなく、真夜中の森に怒号が響く。
続けて、金属が打ち合う音も聞こえ始め、〈夜の鉤〉と第一騎士団が激突したのがわかった。
「剣戟の音! しかるに賊が来るぞ!!」
雲雀丘の緊迫した声に皆も身構える。
直後、赤羽が悲鳴に似た声を出す。
「ちょ、ちょっと中衛の人たち、動かないでくださいますか? 私たちの盾になっていません事よ!」
後衛の前にいる〈忍者〉万代と〈拳僧〉川崎は横に距離を開き、やや前衛寄りに動いていた。
赤羽は後衛から離れる2人に抗議したが、万代と川崎は元には戻らない。
その理由は九十九たちにはよくわかった。今のままでは密集しすぎて、十分に動けないのだ。各々で戦えるスペースを保つ必要があった。
それは前衛組の北六条・若松・新代田も同じで、じわじわと距離を開く。振るう武器が仲間に当たらない距離感をすでにレベリングの際に把握していたのだ。
「52点――それでは離れ過ぎだ。連携が取れない」
〈魔剣士〉藤沢虎光が北六条らにそう抗議した直後、九十九が大声を上げる。
「やや左から4名来るぞ!」
ドローンで逐一状況を見ている九十九は、逃げてくる盗賊の動きを把握している。必死の形相の盗賊が150メートルの処まで来ていた。
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