第25話 第二百回王都建国パーティー

地球とは暦が異なるため、正確な日時ではないが、凡そ四月の半ば程度、雪解けから二ヶ月程度が過ぎた頃。


アルシェルの月、十四の日。


遥か遠い昔、最強無敵の『超越者』たる建国王がリーフェンハイム王国を作り上げた今日この日を、王国は『建国の日』として大々的に祝う習慣がある。


建国の日と、収穫祭だけは、農奴ですら休みがもらえるほどの大きな休暇で、日本で言えば盆や正月のようなものだった。


そして貴族達にとっては、王家が主催するパーティーに参加して、建国の日を祝う……と言う名目で外交をする日となっている。


無論、パーティーに来るのは、それなりに格式がある貴族家のみであるが、それは仕方のない話。


法衣貴族の殆どは、貴族として最低限の体裁を維持する程度の俸禄しか得ていないし、領地持ちだとしても領地を長時間空けられて、尚且つ長旅ができるほどの資金と人員を抱えている貴族というものはそう多くはない。


それらの問題をクリアしたとしても、あまりにも格が低い貴族は他の貴族に相手にされないという『格式』の問題もある。


上位の貴族からすれば、騎士爵は軍人で、男爵は庄屋、子爵がそれなりの規模の半人前貴族といった認識である、と言えばわかるだろう。


故に、こう言った大きなパーティーに来るのは、伯爵以上のそれなりに裕福な貴族のみだった。


逆に言えば、この場にいる貴族は、この国の有力者であるということである。




建国祭。


王城に用意されたパーティー会場では、有力貴族達が集まり、政治的なやり取りを行なっていた。


言質を取られぬようのらりくらりと躱しながら、相手の失言を引き出そうとする、薄汚い戦いだ。


実際、度重なる戦乱と慢性的なモンスターの脅威もあり、この世界では領地を広げることが難しい。


その為、武勲を挙げたり、自分で開拓したりするよりも、他の貴族の足を引っ張って豊かな領地を削り合う方が得をするような構造になっていた。


なので、貴族達がこうして集まると、見栄の張り合いや足の引っ張り合いをして、派閥を組んで争うのが普通だった。


王制ではあるが中央集権型ではなく、分権的王制と言える現在の体制もまた悪い。


絶対的な王が権力を一つに集中させているのではなく、各地に分散する諸侯がそれぞれある程度の統治権を行使し自治している……、ある種の戦国時代だ。


王家はこの国の建国者の末裔であり、今もなお一定の執行力を保持する大貴族であるのだが、諸侯にも強い力と独立した権限があり、王家の権威と武威では全ての諸侯を押さえつけることができないのだ。


しかし、今日は雰囲気が少し違っていた……。


「なっ、何だあれは?!」


王妃と姫達の首飾りや指輪。


それを一目見ると、貴族達は皆、酷く驚いた。


凄まじい輝きを放つ白銀の首飾りには大粒の宝石が十個も付いていたし、指輪についたその宝石の大きさは人の小指ほどもあった。


「何があったんだ……?」


「まさか、王家にここまでの力が!」


貴族達が恐れているのは、妻の嫉妬が云々などと言った所帯じみた話ではない。


恐れること、それは、王家の富の力が増したことに対する危機感であった。


「あんな物を手に入れるとは……!」


「どこにそんな金があったのだ?!」


今までは、王家も一つの大貴族に過ぎなかった。


王権の保持者として、国法の制定権や他領に対しても執行力を保持するなど、特権はいくつかあったのは確かだが、それでも国内の貴族の過半数が決起すれば押し返すのは容易であると言える程度の力の差、パワーバランスだった。


憲法があり、万民がそれによって裁かれるなどという「自由と平等」などという概念は、まだこの世界のどこにもなく、故にこそ権力者……つまりは自身よりも上位のものに対してもある程度抵抗できるように力を持つこと、或いは自助の為の力を持つことは義務とすら言えること。


暴力装置の全てを国が直接的に制御している現代地球のような世界では、自分で復讐をせずとも罪人は法に則って処罰を受けるし、国自身がその独占した暴力装置を悪戯に動かして民に危害を加えるなどということもなかった。文民統制というものだ。


それが、この世界では違う。


明文化した確固たる法がない故、罪人の立場によって処罰の軽重が変わったり、国が個人や領主の財産を奪うこともあり得た。故に、個人レベル、領主レベルである程度の力を持ち、少なくとも「簡単に潰されてはやらないぞ」という気概だけでも見せねばならない。


戦時国際法どころか人権意識も碌にないのだ、負ければ族滅は当たり前。なので、少なくとも「勝てずともやり返すぞ」という姿勢くらいは見せておかなければ、ありとあらゆる方向から侮られて攻められる。そういう世界なのだ。


「王家がここまでの財を得ているとなると……、我が家も富の力を見せねば!」


「こうしてはいられん!王に訊ねなくては!少なくとも、王家の半分程度の宝飾品を次のパーティーで見せつけねば、我が家は他家から侮られてしまう!」


その為、見栄を張ることは貴族としてとても重要なことだった。


富を持ち、それを郎党に分け与えることが可能な貴族だぞ、と。


そうアピールすることを怠れば、その家は侮られて様々な不利益を被るだろう。


ここで肝なのは、実際に武力や財力がある事実ではなく、「そう見せる」こと、見せ方が重要であるということだ。


事実、王家自身には力など何も増えてはいないが、「見たこともない趣向の美しい宝飾品」を見せつけることで、あたかも「力を増やした」かのように王家は演出したのだ。


「そう言えば、この前に王都に龍や巨人が攻め入ったと聞くが……?」


「確か、超越者が従属したとか……?」


「馬鹿な!あれは王家の流言ではないのか?!」


「そうだ!人が龍を使役するなど、ありえん!」


そして貴族達は、王家の裏にいる存在を勝手に警戒し……。


「この首飾りですか?アッシャー卿に頂いたのですよ」


「アッシャー卿とは……、どなたですかな?」


「今年に授爵された男爵家ですわ。そうそう、アッシャー卿の縁者が王都で商店をやっているとか……?」


「なるほど、ありがとうございます王妃様」


「……これは買わなくては!」


「財力を誇示できねば、他の貴族に笑われる!」


勝手に金を吐き出してくれるという訳だ。


「ああ、それとだが。余と妃にここまでの宝物を献上したアッシャー卿のことを、余は気に入っておる。ないとは思うが、アッシャー卿の商店に狼藉者が現れた場合、余も黙ってはおれぬな」


「は、ははっ!」


「アッシャー卿を害したら……、王家が出てくるのか」


「宝飾品は欲しいが、王家と事を荒げるのは割に合わんぞ……。クソ、正攻法で買うしかないか」


こうして、諸侯に財を吐き出させてある程度弱体化をさせつつも、アッシャー卿に恩を売り、それでいて自分達は財力アピールもできた王家。


まさに、一人勝ちであった……。

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