モスグリーンの自転車で

秋喬水登

第1話 緑山公園前駅

駅についた。

中学生になったばかりの土曜日。

新しい自転車で風を切って駅まで来た。

お気に入りのモスグリーンの自転車、スカートが翻って商店街のウィンドウに映る。ちよっと大人な感じ。

自転車置き場に停めて、改札口に急ぐ。


土曜日の昼すぎって案外人が少ないんだな。

家から近い緑山公園前駅は各駅停車しか停まらない小さな駅。


人気のない駅の改札を通ろうとすると、駅員さんに呼び止められた。


「あ、君、この改札はICカード使えないから、きっぷ。きっぷ使って」


ICカードが使えないなんて、故障したのかな。

きっぷを買おうと思って売り場を探していると、また駅員さんに声をかけられる。


「カード使えなくてごめんなさいね。このきっぷ、使ってください」


そうか。機械が故障したから、みんなにきっぷを配ってるんだな。


「ありがとうございます。これ、どこで降りても使えるんですか?」


「このきっぷで終点まで行けますよ。ご安心ください」と駅員さん。


三駅先のショッピングモールに行きたいだけなんだけどな。

そう思いながら、改札口に入ろうとしたとき、後ろから声がした。


「そのきっぷ、わたしにもいただけませんか」


ふりかえると、どこかで見たことがある上品そうなおばあさんが立っていた。

薄紫のスーツに同じ色の帽子をかぶって、首もとには真珠のネックレスる。

真っ白な白髪は耳の上できれいなウェーブを描いてる。

お孫さんの入学式の帰りだろうか、といういでたち。

どこかで見たことがあるおばあさんだけど、思い出せない。


当然、おばあさんにもきっぷが渡されるものだと思って見ていると、駅員さんは残念そうに首をふって


「ごめんなさいね、おばあさんのきっぷはもうお渡ししましたよね」と言った。


おばあさんはちよっと困った顔をして「もらったきっぷを失くしてしまったみたいなの。もう一回もらえないかしら」


「すみません、規則で、きっぷはひとり一枚なんです」と駅員さんはとても申し訳なさそうに断った。

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