果ての渓谷で忌子は龍と出会う
@namari600
始まり
この世界の果てに位置する災厄が集まる場所——名をデュオリンク大渓谷。
常に暗雲がかかったこの場所には、およそ凶悪という言葉だけでは言い表せない魔物達が、数多く生息している。
動くもの全てを喰らい尽くす大蛇。
狂ったように暴れ続ける熊。
人の道を外れた者の成れの果て。
そして、長き時を生きる龍。
いつから存在しているのかは不明。
誰の手によって作られたかも不明。
これまで、多くの世界に名を連ねる英傑達が、この大渓谷を攻略するために命を賭けてきた。
結果は言うまでもなく、帰還した者の中で最も軽い怪我は、仲間の死と片手片足の欠損だった。
これが引き金となり、彼らの死を教訓に、世界に残存する猛者達はデュオリンク大渓谷から手を引くこととなる……はずだった。
大渓谷に挑む理由は決して力試しではない。
各地に残る伝承によれば、長きに渡り放置された大渓谷には、数多くの宝が眠っているという。
先ほどの生き残った英傑が、デュオリンク大渓谷から唯一持ち帰った物がある。
それは腕輪だ。
何の装飾もない無骨な腕輪なのだが、その真価は身につけた時に発揮された。
——痛みが無くなる腕輪——
本来、片手と片足を失った人間が、この魔境を突破できるはずがない。
しかし、悪運強いこの英傑は、たまたま奪われた片腕と反対の腕に腕輪を装備していた。
腕輪の効果で痛みが無くなることに気がついた英傑は、傷の断面に木の枝を無理やりねじ込み、義足の代わりとして走ってきたと言う。
この噂は瞬く間に大陸全土に知れ渡り、デュオリンク大渓谷には、多くの人間が未知のお宝を目当てに集まるようになった。
デュオリンク大渓谷に最も近い村、エルリ村。
多くの冒険者や豪傑はこの村で最後の準備を整えてから、人生最後の大勝負に出る。
この村の人々は、二度と戻ってくることはないかもしれない人間にも、温かい料理と寝床をきちんと提供する。
立地の悪さゆえに、滅びの未来へと足を進めていたエルリ村は、最盛の時を迎えていた。
—————————————————————
絶望の渓谷を歩く一人の人間の影。
顔つきはまだ幼く、随分と痩せ細っている。
服装は白い布切れ一枚のみ。
そして、頬には渦を巻いたような傷跡。
少女の名はエレナ。
金を落とす英傑や豪傑に食事を提供するために、口減しとしてエルリ村から捨てられた子供である。
剥き出しの岩の上を少女は歩き続ける。
魔物に遭遇しないのは幸いだった。
しかし、当の本人のエレナにはそれを理解する余裕が無かった。
「はぁ……はぁ……」
少女はお腹が空いていた。
少女は震えていた。
少女は怯えていた。
そして、不安が精神を極限まで削りきった。
「あっ——」
気がついた時には、エレナは地面に倒れていた。
力が入らない。
立ち上がる気力がない。
お腹が空いた。
「私……死ぬのかな……?」
涙は流れない。流れるほどの力が無い。
朦朧とする意識の中、エレナは自分に近寄る大きな影があることに気がついた。
おそらく、私はこの後、魔物の餌になるのだろう。
捕食者の姿は、はっきりと見えなかった。
—————————————————————
全身を黒い鱗で身を包む、この世界の最高点に至った種族——黒龍。
彼らは人間の行動に対して意を介さない。
ただ一つの可能性を除いて。
『小さいな。少し力を込めるだけで握り潰してしまいそうだ』
黒龍は、大人の胴回りほどの大きさの腕で倒れた少女を持ち上げる。
そっと優しく。まるで果実を持つように。
そして、気まぐれに少女を自身の寝床へと運ぶのだった。
黒龍に限らず、龍は力を持つ存在に惹かれる。
それが狂気の悪魔だろうと、意識の無い魔獣だろうと、力では取るに足りない人間だろうと。
彼女もまた、例外では無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます