第38話 魔の手
愛理がエレベーターで自分の部屋の階のボタンを押す。
ゆっくりとゆっくりと自分の階へ向かって行く。
扉が開く…… 。
愛理は自分の部屋の鍵を開けようと鍵を挿す。
ゆっくりとドアノブを回し、扉が開く…… 。
愛理は辺りを確認しつつ中へ入り、鍵を閉める音が聞こえる。
ストーカーは来なかった。
愛理が帰って来る数分前…… 。
愛理の鞄にはGPSが入っていて、帰って来るタイミングはバッチリ分かる。
マンションの前に来たときに非常口から、廊下に出ようとする。
「 あれ? 開かない…… 開かない!! 」
非常口の扉がびくともしない。
何度か予行練習もしていた。
だから開かないなんて事は決してありえない。
イラついて扉を叩く。
「 物に当たるなよ。 」
非常階段で誰かの声が聞こえた。
反響して何処から話した分からない。
周りを見渡すとゆっくりと、上から下りて来る音が聞こえてくる。
「 ダメじゃないか……
住人以外がこんな所に居ちゃ。」
ゆっくり下りて来たのは屯平だった。
バレたと思い直ぐに下に逃げようとする。
「 悪あがきはやめろ!
ここの非常口の扉は全て外側から開けられないようにしてある。」
ストーカーは足を止める。
観念したのか、ゆっくりと被っていたフードを取る。
「 良く分かったな…… おっさん。 」
フードを取った姿はまだ若い男性。
眼鏡をかけていて不適な笑みを浮かべる。
「 やっぱりお前か…… 。
あの喫茶店良く来てるよな? 」
ストーカーはあの店の常連だった。
「 完璧だったんだけどな…… 。
何でここに居るって分かった? 」
屯平はポケットからGPSを取り出す。
「 こう見えて機械関係は強い方でね。
このGPSの電波からお前のスマホを逆探知した。
性能良いGPSは逆に自分の場所教えてるなんてな。」
屯平はカチャカチャとGPSを回している。
ストーカーは激しく歯ぎしりをする。
「 何で…… 何で俺だって分かった!!? 」
「 見すぎなんだよ…… 愛理の事。
あいつが分からなくても俺には分かった。 」
屯平はいつもココアを飲みながら、離れたとこに居るストーカーを見ていた。
「 そうか…… もうその時から目をつけられるなんてな。
俺もまだまだだな…… 。 」
諦めてしゃがみ込む。
「 それは違うな…… 。
お前コーヒー嫌いだろ? 」
「 えっ? それが何なんだよ! 」
屯平はクスっと笑う。
「 見てて飲むの大変そうだなぁって見てて、それでもお前は愛理におかわりは?
と聞かれたら嬉しそうにうなづいてた。
それが俺にとって初々しいな。
って見てたんだ。 」
ストーカーは呆気に取られてしまい、呆然としてしまっていた。
「 俺とお前は似ている。
だから俺は気にして見てたんだ。
女性と話すのって難しいよな…… 。 」
ストーカーは悔しくて何度も地面を叩いた。
「 うるさい、うるさい!!
お前なんかに何が分かる?
大学受験には失敗して…… 恋する勇気もなくてストーカーして気分良くなって。
俺はからっぽなんだよっ!! 」
「 まだまだ若いんだ…… いくらでもやり直せる。
お前は沢山勉強してたんだろ?
ならお前がお前を信じないでどうすんだよ。 」
屯平の言葉が胸を締め付けた。
悔しくて何度も地面を叩いた。
そして愛理を好きになったきっかけを思い出した。
1人で喫茶店で遅くまで勉強をしていた。
「 お疲れ様、頑張ってくださいね! 」
そう言いサービスでプリンを置いていった。
「 この事はマスターには内緒ね。 」
その優しさが嬉しくてペンを止めていた。
親も周りからも期待されて、苦しくて仕方なかった。
そんな時に優しくしてもらって、恋におちてしまった。
「 俺みたいなダメなやつにも優しくしてくれた。
だから好きになった…… 。 」
屯平は険しい表情で。
「 だけどお前は一線を越えた。
普通に気持ちを伝えてれば、色んな可能性もあっただろうに。 」
ストーカーは泣きながら頭を何度も地面に叩きつけた。
「 彼女はお前がやっていた事は知らない。
だから二度と彼女の前に顔を出すな。
それがお前が傷つけた代償だ。 」
「 はい…… はい…… 。 」
屯平はゆっくりと近づいて来た。
そして肩に手を置く。
「 本当はダメな事だろうけど、お前の事は警察に突き出さない。
俺を階段から落としたのも忘れる。
だからまた生まれ変わった気持ちで生きてみろよ。
そうすれば違う景色が見えるかも知んないしな。 」
ストーカーは泣きながら屯平の手を握った。
「 すみません…… すみません。
二度と…… 二度と彼女には近付きません。
また…… 勉強頑張ります…… 。 」
屯平の行動は間違えているのかもしれない。
ただ信じてみたかった。
同じ好きな喫茶店でコーヒーを飲んでいた、奥手な男の事を…… 。
屯平と約束をして何度も謝り、ゆっくりと帰って行った。
屯平はその姿を見届けていた。
「 あいつならもう大丈夫だろう…… 。
男と男の約束したしな。 」
屯平は足を引きずって帰って行く。
愛理は部屋で何も知らずスマホをいじっていた。
もしあの男を止めなければ、もっと酷い犯罪をしていたに違いない。
家に着くと麻理恵が待っていた。
「 仕事休んでるのに何処行ってたんですか? 」
近づいて来て問い詰められる。
屯平はしどろもどろになりながら。
「 人生の社会勉強…… ? 」
「 はいダメです!
治るまで安静にって言われてるでしょ?
これだから男の人って…… 。 」
愚痴を言われつつ部屋に入る。
すると部屋には沢山の人が…… 。
「 屯平! ずる休みしてんじゃねーよ!
俺がどれだけ大変だったか…… 。 」
与一が怒って首を絞めて来た。
「 ただ少し外出してただけだ。 」
言い訳をしても怒りが治まらない。
女性社員達も来ていた。
「 二宮先輩大丈夫ですか?
心配してお見舞い持ってきましたよ。 」
「 そうです、そうです。
みんなで体力つくようにケンタッキーですよ。 」
女性社員達が用意をして待っていた。
当然愛理と与一も協力して準備をしていた。
「 あ…… ありがとう。 」
屯平はあのストーカーが言った言葉を思い出していた。
何故あの男には 「 お前なんかに何が分かる? 」
と言ったのか?
屯平が見ていたように、あの男も屯平を見ていた。
なんだかんだ言っても屯平の周りには、愛理やマスターや巴。
嫉妬深い与一や女性社員達に部長。
いつの間にか1人ぼっちじゃなくなっていた。
自分が幸せな環境に居る事を、ようやく噛みしめられていた。
嬉しそうに笑った。
「 せんぱいっ? 早く食べましょ? 」
「 おう…… 。 」
靴を脱いで入ろうとする。
そのときゆっくりと背中を誰かに押された感じがした。
直ぐに振り返ると当然誰も居ない。
「 飛鳥…… ありがとな。 」
なんとなく飛鳥に押されたような気がした。
まるで早く行けよ! と言っているように感じがした。
屯平の勝手な思い込みだとしても、そう思いたいとも思った。
前に進もうと決めた日から色々な事があった。
辛い事や嫌な事も沢山。
それでも手に入れた物もそれに負けないくらい沢山。
まだ結婚には程遠く、彼女すら出来ていない。
でも一人ぼっちではなくなっていた。
人生まだまだ捨てたもんじゃないな。
と思うのだった。
その日は皆に囲まれて笑う屯平が居るのだった。
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