いせえび
Maichan
1年目の秋
出会い
僕が今まで見た中で、一番の美人やった
徳島県内有数の運送会社、徳島ロジスティクス株式会社。
徳島市にある人工島、マリンピア沖洲にその徳島支店があった。
もう9月やっちゅうのに日中は真夏みたいな暑さで、僕は汗をびっしょりかいて担当エリアを回った。
最後の荷物を積み終えてもんてきたら、もう3時を過ぎとった。残業付けてもらわななぁ。
「ウィッス、伊勢原さん」
背中から元気な声で名前を呼ばれて、僕は振り返った。
桃色の髪を揺らしながら走って来るんは、徳島ロジスティクスのベテランドライバーである僕、
「俺も今帰ってきたとこッスよ、残業付けてもらわなアカンスね!」
「ほらもう、15分でもきっちり付けてもらわな。僕ら奴隷とちゃうんやけん」
真剣な顔で僕が言うと、和は面白そうにヒャハハと声を上げて笑うた。
いやいや、面白いことないぞ。ホンマこういうところはきっちりしといてもらわな。
ほれから僕達はいつもみたいにしょーもない話に花を咲かせながら、事務所に帰った。
「おつかれさんです」
「ウィーッス!」
静かな事務所に、僕らの声はひときわ大きく響いた。
まあ僕らの声がデカいんはいつものことやけん、特に誰も気にした様子はなかった。
お客さんから預かってきた伝票を事務員に渡したら僕らの仕事もだいたい終わり、今はとにかく早うに帰ってシャワーを浴びたい。
「東雲さんは……」
いつもおるはずの係長の
「うわ!」
不意に、見知らぬ人物が視界におるんに気が付いて、僕は声を上げた。
「びっくりするわぁ! なんなんスか!?」
隣で和が迷惑そうに声を上げた。自分の声やってめちゃくちゃデカいやんか。
ほんでも事務所は誰も気にしとらん様子やった。
「すごい美人がおるやん、この事務所にも新しい花が咲きましたなぁ」
ほうよ、ほんなことより、すごい美人がうちの制服を着て座っとうやん。
僕よりだいぶ、かなり、めちゃくちゃ若い、高校生かなっていうくらいの若さやけど、僕なんかもう目が離せんくらいの美人やった。
「はぁ~ん」
僕の視線の先を追った和が、ニヤニヤしながら変な声を出した。
「えっ何その反応」
「マジで? ああいうんがタイプッスか?」
和は何か意味ありげな感じでほう言うた。
まあ確かに、僕からしたら犯罪ちゃうかっていうくらい若いけど? ほなけどきれいなもんはきれいなんやし?
ほの見なれん若い事務員は、姿勢よく椅子に腰かけとって、パソコンのモニターを見とった。
糊の効いた真新しい制服を着とって、髪はふわふわしとった。
僕らがじっと見とうと、ほの事務員は顔を上げてこっちを見て、小さく微笑んだ。
肌は白く、目元は狐を思わせた。
どう見ても美人やった。
「伊勢原さん、ええ趣味しとうわ」
和は僕を見上げて面白そうに笑とった。
「なんやの」
僕は意味がわからんで、見なれん事務員と和を交互に見とった。
「だってあいつ、男ッスよ」
ついにこらえきれんようになったんか、和はほう言うとヒャハハと声を上げて笑うた。
「は?」
僕は和の言葉が理解できんで、間抜けな声を出して固まってしもうた。
僕らのやり取りが聞こえとったらしい事務員は、申し訳なさそうな顔をしてこっちを見よった。
やっぱり、どう見ても美人やった。
僕は伝票の束を持って、その事務員に近づいた。
「あの、僕は伊勢原って言います。よろしくお願いします」
「伊勢原さんは行儀がええなぁ」
後ろから和が茶化してきたけど、いつものことやけんスルーした。
「海老名です。よろしくお願いします、伊勢原さん」
事務員は立ち上がってほう名乗ると、伝票を受け取った。
小柄やけど立ち姿はバランスが良くて、僕より一回り小さい華奢な手が、どう見ても男には見えんかった。
海老名……ああ、休憩室に辞令が掲示してあったわ、
海老名さん、よう通ってきれいな声やけど、男の声やったな……。
「あ~クソウケた。俺は神田橋。伊勢原さんが失礼なこと言うてすまんかったな」
和も僕と同じように、海老名さんに伝票を渡した。海老名さんは和にも「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「和はようわかったな」
僕が感心したように言うと、和はまた声を上げて笑うた。
「ネクタイしとんのに男に決まっとうでしょ」
ネクタイ? ああ……ホンマや。制服の上着からちょこっと、紺色のネクタイがのぞいとった。ほんなん気にならんくらい、ホンマに美人なんやけんしゃあないやんか……。
「すんませんでした」
僕は海老名さんに頭を下げて謝った。けど、まだ納得はいってなかった。どんなに若いっていうたって、こんなにきれいな男がおる?
「ええんです。伊勢原さんみたいなかっこええ人に美人て言われて、悪い気はしませんよ」
ほう言うて海老名さんは微笑んだ。
僕が今まで見たことのない、中性的で儚げな美人やった。
「何を赤ぁなっとんスか」
顔を火照らせた僕の脇腹を、和が肘で小突いた。
ほの様子を見よった海老名さんが、キャハハと笑うた。
「すんません、伊勢原さん」
やっと僕は、仕返しにからかわれたことに気が付いた。
ほなけど不思議と嫌な気はせんかった。父親くらい年の離れた僕に、面白いことを言うなぁと、感心すらした。
海老名さんは席に戻ると、もう一度僕を見てにこやかに笑うた。きれいに並んだ白い歯が見えた。
僕が今まで見た中で、一番の美人やった。
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