3

 スマホの写真を整理していたら、マロンと散歩している様子を撮影した動画を発見した。違和感を覚える以前のマロンは、向かいからやって来た大型犬のグレート・ピレニーズに吠えている。白いモフモフが本気を出せばマロンなんて一飲みなのに、無謀な奴。ワンワンと吠えているその動画を見ている内に、今のマロンと声質が違っていることに気がついた。

 動画のマロンは、少し低音の「ワンワン」で、全ての音に濁音が混ざっている感じ。それに対し今のマロンは、どちらかと「キャンキャン」に近い「ワンワン」だ。もちろん、これまで気づかなかったのだから明確な違いというわけではなく、「ワンワン」という音階の中で少しだけ高低のズレがあるぐらい。比較対象がなければ、私自身もきっと気づかなかっただろう。


 翌日、祖母に声の違和感のことを告げたら、

「知らなかったのかい? 犬にも声変わりってのはあるんだよ」

 と、お気に入りの紅茶を啜りながら言った。

「ほんとに? あまり聞いたことないけど」

「本当だってば。動物病院の先生に聞いたんだから」

「マロンはメスなのに?」

「犬はメスだって声変わりするんだよ」

「でも、声が高くなることってあるの? 普通は低くなるもんじゃないの」

「それは私に聞かれてもねえ。マロンに尋ねてみればいいじゃない」

 そう言うと祖母は、「夕ご飯は食べてくだろ? カレーにするから材料を買ってきてちょうだい」と私に財布を投げよこす。散歩後に祖母とご飯を食べるのも、すっかりルーティンになった。


 近所のスーパーに行って、グラム108円の豚コマとしめじと人参とバーモントカレーの中辛をカゴに入れる。冷凍ストックできるよう、メモ書きより多めに買うことにした。スーパーを一回りする頃には、紅茶や羊羹、食パン、豆腐、長ネギもカゴに追加していた。

「足りないものがあれば自分でスーパーに行くからいいよ」

 祖母はそう言うだろうが、高齢者の独り暮らしだと思うと、ついつい余計な物まで買ってしまう。カレー屋さんで外食したと思えば、安いものだ。

 祖母は恐らく、私以外に食卓を囲む人はいない。旦那さん――つまり私の祖父は十数年前に癌で亡くなったらしい。私は幼かったからほとんど記憶に残っていない。ただ、タバコの匂いを嗅ぐと祖父を思い出すから、きっとそう言うことなんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る