風に靡くは桐の花

黑紅

第1話 思い出

 小さい頃の思い出は何だろうか。


 異性に告白されたこと? 遊園地でお母さんとはぐれてしまって泣きわめいたこと? それともテストで全教科100点を取ったこと?

 そんな楽しい思い出だったらよかった。

 私の小さい頃の思い出はすべて、妹なのだから。


 日本の中でもいわゆる富裕層と呼ばれる家系に生まれた私は、生まれながらにたくさんのことをこなしてきた。

 茶道、華道、剣道、弓道、ピアノ、ヴァイオリン……。

 別にそれらをやっている時間は嫌いではなかったし、苦にも思っていなかった。


 私の思い出が塗り替えられたのはここからだ。

 もともと政略結婚だった父と母は、物心がつく前に離婚していた。

 それから数年がたったある日、父は女性を連れてきたのだ。その女性は私よりも数歳年下であろう女の子も連れていた。まだ小学校低学年だろうに美しい容姿。

 同年代の女の子よりも高い背、小さい顔に大きな目。モデルになれる、そう言われるような外見をしている私からみても彼女はかわいらしかった。

 私とは違って背が低く、モデルよりアイドルになれそうなかわいらしさがあったのだ。


 彼女は父からたくさんの愛情を受けた。父は私のことなんて目に入っていないようで彼女だけに愛情を与え続けていた。

 もちろん、新しい母も私のことをよく思うわけがなく家族らしい会話なんてしたことがない。


 そんな状況の中、今まで私が習っていたものを彼女も習い始めたのは、父が彼女たちを連れてきてからたった半年のことだった。

 どれだけいい成績を残しても、ほめるどころか一緒に食事すら取ってくれなかった父は、彼女がどれだけ悪い成績を残してもすぐに頭をなでほめたたえた。

 彼女のようになりたい、と何度思ったことだろう。



 どうすれば父は私の方を見てくれる? どうすれば私の頭をなでてくれる?

 どうすれば私も彼女のように愛してくれる?



 彼女に勝つしかない、そう思っていた。それでも、どれだけ彼女より優秀だったとしても、私が褒められることはなかった。


 父からの愛情をあきらめた私は、他人からの愛を求めるようになった。

 自分の容姿を生かして気に入った異性に近づき距離を縮める。そこまではうまくいった。しかしいつも、どこかで相手は私への興味をなくす。必ず、彼女の方へと行ってしまう。


 彼女は何もしていない。それこそが最大の問題だったのだ。

 もし狙っていたのならいっそのこと彼女が大嫌いだと大声で言えただろう。でも、彼女は狙ってなんていなかった。



 じゃあこの汚い感情はどこに向ければいい?



 そんな問いに答えが出るわけもなく、彼女と距離を置くこともできないまま高校入学まで時が迫っていた。

 このままではダメだと感じていた私は父が決めた女子校の受験当日、解答用紙に名前だけを書いて提出した。結果はもちろん不合格。

 そして父と義母を説得して、家から離れたところにある共学の高校に入学する手筈てはずとなった。

 父も義母も私に興味はないようだったのでどこに住むのかだけを気にしていたが全寮制だということを伝えれば快く返事をしてくれたのだ。


 こうして私、桐生きりゅう真奈まなは全寮制の共学高校、青南せいなん高校の入学式を迎えたのだ。

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