クラスで1番の完璧美少女様。実はポンコツな女の子でした~完璧才女の見守り係~

一木連理

第1話 隣の席の完璧才女様

 俺、西村由宇(にしむら ゆう)は『首輪』をしている。


「なにその首輪、お洒落じゃん」

「最近目覚めた? あとはちょっとしたアクセとかしたらもっと良くなるんじゃね?」


 朝、教室に入ってすぐ。

 普段から飾り気のない俺が首輪じみたものをしているのを見つけて、クラスメイトがわらわらと近寄ってきた。


「そろそろオシャレの一つもしてみようかってね」

「いきなりチョーカー? レベルたけぇな」


 受けて、俺は適当に返事をする。もの珍しさで近寄ってきた集団も、特に用があるわけでもない。

 挨拶代わりにちょっと弄ってくるようなものだ。散髪した次の日のような、たったそれだけのコミュニケーションでしかない。


 俺の座る席は黒板に向かって一番右側の最後列。扉に一番近い位置に座っているからか、誰もが教室に入ってくるなり俺の異変に気付いては声をかけていく。

 そしてまた一人。

 ガラリと扉を開けて入ってきたのは――一人の女子生徒だった。


「やっぱり、まったく似合ってないわねそれ……」

「余計なお世話だ……」

「もっと、違う色の方がいいわよ?」


 ここまでは普通の会話。こんな何でもない会話に聞き耳を立てる奴なんてたぶん、一人も居ないだろうが――それでも、聞かれても何の問題もない程度の会話でしかない。

 聞かれてまずい会話をする時は、そっと彼女は俺の横に回って鞄を置く体勢を取りながら俺の耳に口を近づける。


「お父様に進言しておきましょうか?」


 俺は静かに首を振る。

 耳が少しだけくすぐったい。


 アグレッシブに、しかし誰にも見つからず――俺たちのコミュニケーションは成立している。


 小野ヶ峰千桜(おのがみね ちはる)は俺の雇用主の娘だ。

 少し脱色したような、長いグレーの髪の毛。制服を適切に着こなし、スカートは膝丈ちょうど位の優等生。すらっとした体躯にちんまりとした身長。俺からしてみると頭一つ分ほど小さいか。

 そんな優等生さんは、俺の隣の席でいつも授業を受けている。


 成績は上位三位の中に入っており、誰に対しても口当たりがよくクラスのみんなと仲がいい。

 いや、普通に考えてありえないだろ。みたいなヤツだが、驚くべきことに小野ヶ峰はそういう人間だ。

 ついた綽名が『完璧才女』。クラス中のみんなから慕われており、羨望の眼差しを常に向けられている。


 気付けば隣の席では小野ヶ峰を囲うようにクラスの女子たちが与太話を始めていた。中でも小野ヶ峰と仲のいい吉田、伊藤、遠藤……だったはずだ。別にその辺はまぁ、覚えなくてもいい。


 そんな完璧才女サマは、そりゃまぁ大層出自のいい家に生まれて育ったらしく――彼女が持っているシャープペンシル、ノート、髪留め、靴下……どれをとっても一級品だ。


「西村(にしむら)クンは朝からなぁに才女様を凝視しているんでゲスかぁ? 今日も捗るでゲスねぇ」

「やめろ柚木崎(ゆきざき)。とんだ言いがかりも、それからその妙な語尾もだ」

「へっへっ、あっしの目は誤魔化せないでゲスよぉ~?」


 予鈴が鳴る寸前に教室に入ってきたのは俺の親友……親友? そう思われるのはちょっと癪だが、友達であることの柚木崎英(ゆきざき すぐる)だ。丸眼鏡を着けて口を少し開けて出っ歯を強調している。


 そのせいで変なキャラになりつつあるが、実際のところは出っ歯でもなくただの面長なだけな奴だ。

 ……まぁ、『おかしな奴』を堪能している時点で十分変人ではあるんだが。


「妙な語尾はやめるとしても、女の子を凝視するのはやめたほうがいいと思うんすけどねぇ……、ほら、やっぱり睨まれてるっすよ」


 柚木崎に言われるままに小野ヶ峰のほうを見ると、確かに睨まれていた。

 ……吉田以下略の三人組に。


「睨まれてるの、お前じゃない?」

「ええ!? あっしっすか?」


「キモいオタク共こっち見んな!」「足ばっか見てんじゃねぇ変態!」「……ないわ~」


 なんで俺まで“共”で括られにゃあかんのだ。

 罵られる対象は基本的に柚木崎だ。

 柚木崎は男子ウケはいいが、女子受けは最悪だ。


 ……その自覚がないほど本人が壊れているわけではないんだが。


「いやぁ、これも高校生活ならではの青春の一ページっすねぇ……」


 壊れているわけじゃ……ないんだよな?

 少なくとも倒錯はしているみたいだ。


「にしても、あっしは才女様からも罵られてみたかったっすねぇ……」

「いや、そういうことしないだろ小野ヶ峰は」

「もっと別のアプローチならいけるっすかねぇ」

「やめとけ変態。ライン超えると怖いぞ……金持ちの報復って何されるかわっかんねーから」


 うぐぅ、と柚木崎は分かり易くしょんぼりと落ち込む。

 それもそうっすね、とちゃんと理解したようで大人しく手を引くみたいだ。


「お金持ちで美人、それに帰国子女、性格もばっちし……いやぁ、まさに高嶺の花ですなぁ……!」

「高嶺の花……確かになぁ」


 クラスの男子からも人気が高い。

 そのうえ、彼女に近づくまでのハードルもやたらと高い。

 下心を持って近づこうものなら、さっきの柚木崎のような目に合うのが関の山だ。


 とはいえ、小野ヶ峰から男子に話しかけることはままある。

 クラスの皆と分け隔てなく交流しようとでもしているんだろうか。

 ……そういう精神性を持つから『完璧才女』なんていう名前で呼ばれてるんだろうが。


 だからまぁ、小野ヶ峰から誰かに話しかける分には問題はない。

 俺からはとてもじゃないが話しかけることなんてできないが。



 ぶるっ、と俺のスマートフォンが震える。

 何の通知だ全く、と思って確認するが――よくよく考えたらバイブレーション機能で通知が来るのは二人だけだ。

 俺の雇い主と、それからその関係者。


 小野ヶ峰巌(おのがみね いわお)、俺にこの『首輪』を着けた張本人と。

 それから――小野ヶ峰 千桜(ちはる)。


 隣の席に座っている、完璧才女様だ。


『ねぇ、わたしも柚木崎君にひどいこと言えばよかったかな?』


 そんな一文が、ラインで飛んできた。

 勝手にしてくれ……と返したくなるような内容だが、悩める彼女を“見守る”のが俺の仕事だ。


『何も言わなくていいんじゃないか? そっちのほうが小野ヶ峰らしい』


『ありがとっ( ..)φメモメモ』


 二秒遅れて、返事が返ってきた。

 これが俺たちのシークレットコミュニケーション。お互いにラインの名前は変名にしている。俺のライン上には『雇用主』と表記されている。


 彼女――小野ヶ峰千桜が安心安全に高校生活を送る。

 それが彼女の父親、小野ヶ峰巌に雇われた俺のミッション。


 この首輪がまさしく、小野ヶ峰家の“飼い犬”であることの象徴だ。

 首輪が目立つ上にダサいことを除けば――まぁ、悪くはない。


 何があったかといえば――あれは、三か月前のこと。

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