深夜にお送りする、幽霊な彼女とのラブコメ

ひたかのみつ

第1話 深夜2時のデート

 七月二十日、夜。 今日もソノカさんの横に並んで、明かりが少ないけやきの並木道を進む。


 深夜二時ともなれば、繁華街から一本横にずれるだけで人通りはほとんどない。

「あぁ…… 眠い。 歩きながら寝ちゃいそう」

 長い睫毛まつげが可憐なまぶたを、何度もぱちぱち瞬きして、ソノカさんはふわぁと大きな欠伸あくびをした。


「今日もしっかりお仕事、頑張りましたもんね。 お疲れ様です」

「うん、そう今日も頑張ったー! 大したことはしてないけどねー 」

「大した事ありますって。 ラジオのお仕事なんて、俺には絶対できないです、みんなも凄いと思ってますよ」


 そんな返事に満更でもなく、ソノカさんは俺の顔を見上げながら目と唇を細め、ふにふにと口角をあげて得意げに

「そうかなー えへへ」 と笑った。なになにこの生き物めっちゃ可愛い!

 ソノカさんは18歳で、俺より1つ歳上なのに全くそんな感じがないんだよなぁ。

 小柄な背丈と華奢きゃしゃな肩、少し紅潮した頬が浮かべたえくぼには、まるで、撫でられ喜ぶ小動物のような魅力が溢れている。


「さてソノカさん、そろそろ今日の方角を教えていただけますか? 」

 ソノカさんは「うー」といい加減な返事をし、ハンドバッグから、手のひらサイズの赤い小箱を取り出した。

「えいやぁ~!!」


 彼女に放り投げられた小箱は、地面に落ちると、カタカタと音を立てて、壊れた機械のように動く。


 動きが止まったのを確認してから、俺は箱を拾い上げ

「さて、今日はどんな事件が待っているのか…… 」

 箱が動いた方角に向かい、歩き始める。

 

 道は暗く、何かが潜んで、俺を脅かそうとしていると、そう思った。


 数歩歩いたところで

陽斗はるとくん! 」

 立ち止まったままのソノカさんは、俺を後ろから呼び止めた。


「ごめんね…… 」


 振り返って見ると、ソノカさんは悲しそうに目を細くして、笑っていた。

 精一杯の、気遣いと謝罪。 彼女の作り笑いは、砂時計が刻むリズムのように、ゆっくりゆっくり口角を下げ、悲しみの表情に変わった。


 夏の夜風が、ソノカさんの真っ直ぐ切り揃えられた栗色の前髪を、さらさらと揺らし動かす。 ぱっつん前髪も眉毛も、すごく可愛い。


 彼女は、肩にかかる位置で切りそろえられた髪を、右手でそっと掬い上げ、耳の位置に掛けた。 その動作を見て俺は、乾いて、今にも壊れそうになった花弁を扱う触り方だと、そう思った。


「いいんですよ、俺も夜の散歩が好きになったので」

「そっか…… ありがとう」


 今日は珍しく、また辛そうな笑い方だ。

 ソノカさんには、さっきみたいに―― いつものように『にへへ』と笑っていて欲しいのに。


 そんな気持ちが、俺の表情に出ていたのだろうか、ソノカさんは急に「よしっ」と明るい声を出して

「今日こそ分かると良いね! 私の死んだ理由! 」

 と言った。


「そうですね」


 俺は今夜も嘘をついた。

 謎が全部分かってしまったら、もう彼女に会えなくなってしまう―― 

 そんな気がしてならなくて、それが嫌で怖くて仕方がなくて――

 彼女が本当に死んだのかすら、俺はまだ信じていないのに。


 ソノカさんは永遠に夏の夜を彷徨う幽霊だ。

 昼間にも見えて、俺の部屋に居座っていて――

 ときどきパソコンから深夜のラジオ配信をやっている。

 そんな幽霊。


 そんな可愛い幽霊のことが、俺は大好きだ。


 誕生日は六月、好きな色は赤。 名前はソノカ。


 夜の街で彼女に出会ったのは偶然だった。

 彼女は確かに幽霊で、俺以外の生き物には、体が透けてしまってれることが出来ない。 

 服にもさわれるので、ファッションは今も楽しんでいる。 着た服は透けない。


 夏休みの俺と彼女は、こうして、深夜に散歩をする。

 彼女の持っている赤い箱は、死に関する唯一の手掛かりだ。

 赤い服の端切れで包まれた小箱で、振るとカラカラ音はするけど、開かないから、中身は分からない。

 不思議な現象や、謎のヒントに向かって、箱は毎晩動き出す。


 幽霊が見えて、しかも触れてしまう俺は、夏休み前から既に様々な不思議現象に巻き込まれてきたが、この箱の下で、その能力が遺憾なく発揮されようとしている。


 ある晩、破れた古い新聞で、彼女の死亡記事を見つけた。

 自殺と思われる。

 でも、何故死んだのかが分からない、それで彼女はここに居る。


 今夜も、この小さな街で、俺と彼女との冒険デートが始まる。



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