もう二度と
堕なの。
もう二度と
窓の外と教室が繋がって、混ざり合ったような感覚。人が一人もいない教室で教卓に乗ってみれば、そんなことを考えた。靡くカーテンとか、入り込んでくる風とか、少しだけ夢のように思える時間。
俯きがちな視線で、下校中の生徒の姿を見ようと思ったが、見えなかった。代わりに空を眺める。赤と青が混ざった、丁度赤紫といった頃合の空。写真を撮ろうと思って、スマホを職員室に置いてきたことを思い出した。やっちまったと頭を抱える。
「あ、すみません。忘れ物があって」
その声にドアの付近を見ればおどおどした生徒がいた。そういえば、教卓に乗っていたんだっけ。
「最終下校時刻過ぎてんぞ。不問にするからお前も見なかったことにしろ」
ソイツは自分の机の中のものをざらざらと出していく。大量のプリント、教科書、ノート、いつ使ったのかも分からない文房具の数々。頭を捻りながら探す姿を見ていたら、手伝わない訳にもいかなかった。
「何を探してるんだ?」
「その、財布を……」
今日はコイツは部活も委員会もなかったから、図書館かどこかに寄った後に駅に行って、そこで気づいたのだろう。そしてまた引き返してきたと。
破れた教科書のページとか、飲みかけのペットボトルとか、購買のパンの袋とか、何か色々出てくる。それに心の中で舌打ちをした。
「ない。ロッカーか」
ソイツは引き出しから掻き出したものを、またぎゅうぎゅうに押し込めた。眼鏡のテンプルと目が重なって、どんな表情をしているのかが分からなかった。泣いてるのか、悔しんでいるのか、それとも、いつものことだと諦めの表情を浮かべているのか。ウチのクラスでは起こして欲しくなかったのだが、さてどうしようか。
「先生、ありがとうございます」
申し訳なさそうに頭を下げてクラスを出ていくソイツを見送って、このクラスを見回した。たしか、一軍のヤツらのパシリみたいに使われていた。それくらいしか知らない。周りが思う以上に、教師が把握出来る部分などたかが知れている。
「めんどくせぇな」
やっぱり見てしまった以上は、放置するわけにもいかない。これでも教師なのだから。そんな経験、一度で充分だ。
明日からはクラスの様子に気を配って、話を聞いて、他の先生方にも共有して。絶対に、惨劇なんて起こさせない。
手帳を見れば、笑顔の元教え子の写真がある。本当なら、もう煙草を吸える年齢になっているはずで、でも現実は全てあの秋の雨に飲み込まれた。
煙草を吸って、紫煙をくゆらせて、その煙に何かを祈った。今度こそは、と。
もう二度と 堕なの。 @danano
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