第3話
「覚えてたんだ」
横顔を見つめて言う。サヨリは鼻を鳴らしてから肩を竦めた。
「当たり前だろ。やべー奴に絡まれた、と思って、ひやひやしたからな。軽いトラウマだよ。確か、七月二日だったよな」
「え、日付まで覚えてんの……?」
「引くなよ」
「や、引いてるんじゃなくて……」
わたしは口をもごもごさせた。
「そういえばサヨリ、毎年七月二日にプレゼントくれるよね……」
「ん、そうだったか?」
今年はアクセサリーを貰った。七月二日を記念日だと考え、送ってくれていたのか。気づかなかった。
サヨリは頬を赤らめ、視線を逸らした。
「……しかし、今日は暑いなぁ。溶けちまいそうだ」
「だね~」
深追いはしなかった。サヨリは照れ屋で、素直に認めはしないだろう。
不器用で美人で、ドルオタでヤンキーな、わたしの恋人――それがサヨリだ。
大学合格が決まり、わたし達は最初、別々の部屋を借りていた。上京して一人暮らしに慣れ始めた頃、サヨリがわたしの部屋に泊りに来たのだ。楽しい一夜を過ごした。その後、サヨリは週に四回という頻度で泊まりに来るようになった。いつしか私の部屋は、サヨリの私物(日用品とアイドルグッズ)で溢れかえった。どちらが先に言い出したか忘れたが、「ルームシェアでよくね?」となり、今に至るわけだ。
「まさか、わたしが同棲とはなぁ……」
しみじみと呟く。
サヨリが「今更だな」と噴き出して、空になった容器をゴミ箱に捨てた。
「いや、冷静に考えてよ」
わたしは天井を見上げた。
「わたし、一家離散してるじゃん。両親が弟だけ連れてわたしを家に残して出て行った。だから、また人と住めるとは夢にも思ってなかったんだ」
十一歳の誕生日だった。その日は、蚊が熱中症をおこすのではないかと心配したくなるほどの猛暑だった。わたしは小学校から帰宅して、ソファで漫画を読んでいた。どんなプレゼントを貰えるかな、とワクワクしていたことを今でも覚えている。まさか、二度と帰ってこないというサプライズが持っていようとは、想像もしていなかった。
「急に重い話をぶっこんで来たな……」
サヨリが弱々しく笑みを浮かべる。
「引いた?」
「ちょっとな。言い方が軽かったから、一瞬何を言われているのかわからなかった」
「重いことほど軽く言う主義だからね~」
こんなに幸せでいいんだろうか、と思う。
ふいに、喫茶店を覗き込んだ時のことが思い出された。つい二時間前のことだ。
サヨリと黒髪ロングの美少女。どういう関係なのか、気にならないと言えば嘘になる。
だけど、サヨリと会って話をしていたら、不安なんて消し飛んでしまった。わざわざ訊かなくていいか、と考えを改める。
どんな交友関係を持とうがサヨリの自由だ。縛り合う関係にはなりたくない。そういうの、面倒くさいもんね。
「あ、そうだ」
サヨリが嬉しそうに言った。
「今日、てんねんズに関する面白い話を聞いてきたんだ。男友達が話してくれてさ」
「男友達?」
「ああ、今朝言ったろ。忘れたか?」
不満の色を浮かべている。
わたしは眉間に皺を寄せ、顎に手を当てた。
「う~ん……。ごめん、今朝のこと何も覚えてなくて」
「あたしの服に醤油をこぼしたろ」
「え? なにそれ? なんの話?」
「しらばっくれてるな……」
「ここはどこ? わたしは誰?」
クッションで頭を叩かれた。
過剰に痛がる演技をしてから、「たん瘤ができていないか確認してくる」とソファから立ち上がった。洗面台に足を運び、鏡に写った自分を見る。
引き攣った笑みを浮かべていた。
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