第16話 見当違い

 勇者ケイオ。

 金髪の偉丈夫――に見える男――は、俺を見下ろして不思議そうにしていた。

 こいつが何を考えているのかわからない。

 勇者とは、半ば形式的なものであれ、勇者であることが求められるという。

 このような、女一人を求めて蛮行を繰り返す奴が、果たして勇者と言えるのか?


 それすらわからない、俺はこいつのことを知らないからだ。

 知ろうとも思わなかった。

 しかし、こうして出くわしてしまった以上こいつと関わらないわけには行かなくなった。

 無視してその場を去っても良いのだが、そうすればこちらを攻撃してくるだろうことが気配でわかる。


 故郷の連中と、同じ目をしているからだ。


「何のようだろうか、勇者殿。ここは冒険者ギルド、勇者パーティは冒険者ではないのだから、用はないはずだ」


 その問に勇者は、


「…………」


 応えなかった。

 こちらを見下ろして、言葉無く見下ろしている。

 なんだこいつは、いっそこのまま帰ってやろうかと、少し奴から距離を取ったところで。


「灼華のミウミは、まさに勇者と呼ぶに相応しい存在だ」


 唐突に、語りだした。

 なんだこいつは、と思う間もなく。


「気高く、美しく、可憐で、そして何よりも強い」

「……」

「勇者の仲間には、そういった強く優秀な仲間が必要だ。特に、市井から加わった協力者は、勇者に並ぶ品性を求められる」


 周囲の連中が、何だ何だと集まってくる。

 先日のやり取りを覚えている者も多いだろう。

 俺のことも、勇者のことも。

 もっと言えばミウミのこともだ。


 というか、集まってきた連中はミウミのことを覚えているやつが一番多いのではないか。


「その点、彼女はまさに、理想としか言えない風格をしている。アレは間違いなく、勇者の仲間となるに相応しい品性をしているはずだ」


 ……ミウミに品性?

 冒険者になった頃は、毎日のように他の冒険者と喧嘩ばかりしていたミウミが?

 もちろん、毎日のように周囲から罵倒される俺を庇ってというのもあるが。

 そのうえで喧嘩の理由が俺とそれ以外で5:5だったミウミが?


 今でこそ、確かに落ち着いてはいる。

 ただそれは、相手が喧嘩を売ってこないのと、下手に喧嘩したら相手を洒落にならないほど傷つけてしまうかもしれないからだ。


「灼華の名は、まさしく正義の炎を宿す華の名に相応しい。その正義の心が赴くままに、多くの人を救ってきたのだろう」


 ミウミは……というか、俺達は別に正義感で冒険者をやっていない。

 むしろ、俺のせいではあるがミウミは敵が多い。

 敵まで救ってしまうような正義感はないのだから、俺達はむしろ人を救わないことの方が多いだろう。

 とはいえ、だからといって眼の前で死にかけている人間を放っておいたりはしないが。


 やがて、勇者の演説がヒートアップするにつれ、おいおいという引き気味な視線が増えてくる。

 独りよがりだの、そもそもミウミと顔を合わせたことすら殆どないだろう、だの。

 個人的に傷つくのは、これならまだ俺のほうがマシとかいう発言。

 そもそもこいつと比較する対象に俺を含めないで欲しい。


 何にせよ、周囲の雰囲気が勇者に対する不信感に染まっていくと同時。

 勇者もまた、完全に自分の世界へと入っていく。

 こいつはそもそも、俺のことを認識しているのか?

 どちらにせよ、今この瞬間は俺のことを見てはいないだろう。

 このまま、放置して帰ってしまおうかというところで。



「そんな麗しき華は、しかしどうやら穢されてしまっているようだ」



 ふいに、勇者はそう口にした。

 おい、ちょっとまて。

 それは、不味い。

 周囲の冒険者も、まじかよと信じられない眼で勇者を見ている。


「今の彼女は、あるべき姿を失っている。見るに堪えないと言って良い」

「……」

「故に、彼女を穢した奴がいる。許されないことだ、ありえないことだ」


 冒険者の世界というのは、実力主義の世界だ。

 強いことが正しさの証明、強者は弱者よりも偉い。

 だが、だからこそ守るべき秩序というものがある。

 ただ無闇矢鱈に力を振るう奴が野放しになっていては、冒険者という職業が成り立たなくなる。

 それでは、もはやただの犯罪者と変わらない。


 だからこそ冒険者というのは面子を重視する。

 相手のプライドを傷つけないという、最低限の礼儀を守ることで秩序はなりたっていた。

 だから、こっちを侮蔑する相手には面子を守るために抗わなくてはならない。

 この間ちんぴらみたいな冒険者に絡まれたのと同様に。


 勇者がこちらの面子を傷つけた以上、俺は自分が望む望まないに関わらず。

 売られた喧嘩を買わなくてはならない。


「おい、勇者」

「故に……」

「聞けって言ってるんだよ、世間知らずのナルシスト野郎」


 ああ、本当に。

 こいつは俺とミウミにマイナスしかもたらさない。

 俺を罵倒してくるだけの冒険者なら、それでもいい。

 しかしこいつは、ミウミに執着している。



「そんなに、俺を攻撃したいなら、言葉ではなく力で示したらどうだ?」



 それは、放置できることじゃない。

 だから俺は、勇者を名乗るバカに、喧嘩を売らなくてはならないのだ。

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