07 敵諜報員

 フレンゼンが、誰に見送られることもなく皇都ニルレヴから旅立った。

時を同じくして、軍令部内に躊躇はあったものの、新たな指令がシュミット少佐に向けて送られた。

 フレンゼンは、その指令の伝搬を追った。うまくすれば、その指令書が少佐の元へ彼を導いてくれるはずだ。しかし残念ながら、国境付近でその所在を見失ってしまった。指令書の内容でも知っていれば捜索することもできただろうが、あいにく彼にはそのような権限は与えられていない。仕方なく王都オディロダムへ急ぐことにした。


 フレンゼンと同様にオディロダムへ向けて歩みを速めている皇国軍人が、もう一人いた。オリス・シュンケル准尉だ。彼はもう何年も皇国軍に在籍していたのだが、その出自も名前も、アイロッソという国家に対する忠誠心も偽りのものだった。つまりはウスナルフ王国が皇国に送り込んだスパイだったのだ。長い時間をかけて軍の機密を垣間見ることのできる部署に入り込み、先ごろ、ようやく目当ての情報を入手することに成功し、母国に帰ろうとしていた。

 しかし軍令部は、かなり以前からシュンケルという人間に疑いの目を向けていた。ことさら皇国に対する愛国心を口にするが、行動が伴っていない。当初は調子がいいだけかとも思われた。軍人と言っても、そういう者はいくらでもいる。ただそうした人間は、万事に調子がいい。要領よく訓練をサボる。厳しい任務は上手に避ける。各種の手当や残業代をバレないように上乗せする。そのくせ上官にはうまく取り入り、そこそこ出世が早いのが通例だ。ところがシュンケルは違った。几帳面に職務を全うするが、芯が感じられない。皇国軍にいる目的が見えないのだ。皇帝や国家のためでも、金のためでもない。考えられるのは、別の目的があること。そう、王国のために働いている可能性だ。

 仮称シュンケルは、それまで用心深く行動していたが、オディロダムにほど近い小さな町アヨガンに到着したところで、ほんの少しだが油断した。非番の前日の夜に出発して発覚までの時間を稼ぎ、とにかく国境まで急行した。国境を越えても気を緩めず、一刻も早く王都へ辿り着くことだけを考えた。長期間の任務から決死の帰還。強いられる極度の緊張。精神的にも肉体的にも限界だったのかも知れない。

 たとえわずかな綻びでも、魔術師は見逃さない。いや、その小さな油断を予測していたのだろう。

 彼は夕食に少しだけだが酒を飲み、宿へ戻る道をゆっくりと歩いた。ふと、周囲に人気ひとけがないと感じた瞬間、眉間が銃弾に撃ち抜かれた。もっとも、自分の眉間が撃たれたことなど意識する時間もなかっただろうが。彼の前後左右の道の先では、窓ガラスが割れたり、看板が落下したり、往来の足を止める出来事が起きていた。

 皇国内でシュンケルと名乗っていた男は、機密情報とともにその場で焼かれた。誰であろうと、その内容を確かめることは許されていない。

 指令は滞りなく遂行されたのだ。


 フレンゼンは、どこで、誰が、どのように殺されたかを知ることもできずに、ウスナルフ王国の首都オディロダムに到着していた。

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