彼と水族館に行く話

前編


 真夏の夜の話だった。


「たまには遊びに行ったらどうなの?」


 進路に向けて、勉強に励んでいる私を母は疎ましいようにそう言葉をつぶやいた。


 母にとっては、中学生という多感な時期に人と関わろうとしない私の姿を見て不安に思ったのだろう。今になって思えば、そんな考えもあるだろうな、と理解をすることはできるけれど、当時の私としては鬱陶しい言葉そのものでしかない。


「勉強が忙しいから」


 半ば本当、半ば嘘。


 私は勉強を言い訳にして、外には出ないようにしていた。暑い日に外に出たところで、特に意味なんて見いだせるわけもない。


 夏と言えば、自分とは違って明るいような人間が遊ぶような季節だ。そんな季節は私のものではないとしか思えない。だから、私は家からは出なかった。


「あんたも変わったわねぇ」


 母はそんな私を見てそうつぶやいた。その言葉で、私の過去がどういうものだったのかを振り返ることもできたけれど、結局そうしなかった。振り返ったところで、舌を噛み切りたい衝動にかられるからかもしれない。


「彰人くんとどこか出かければいいのに」


「……なんでそこで彰人の名前が出るのさ」


 彰人は私の幼馴染である。彰人は幼い頃から一緒に過ごしてきた男友達。でも、それ以上も以下もない。なんなら未満かもしれない。


 彼とは小学校中学年のころまではよく過ごしていたのだけれど、高学年になって一度クラスが変わってからは、関わりは希薄なものとなった。さらに一年後、また同じクラスになったものの、一度希薄になった関係はそれ以上に何か紡がれる物語があるわけでもなく、疎遠という形で幕を閉じる。中学に上がってからは、もう彼との関係は存在しないような、そんな気さえしてくるほどに、今の私と彼との間には何もなかった。


 一応、家族ぐるみで関係は続いてはいるが、別にそれだけ。私が彼と顔を合わせることはないし、彼も私と顔を合わせることはない。たまに母が彼の母に対して用があるときに、家で彼を見かけた話を聞くけれど、それを聞いても何にも思わない。


「彰人くん、彼女いないんだって」


「へぇ」


 だから? 


 そんな言葉を続けそうになるけれど、これ以上に母との雰囲気が悪くなるのを感じたのでやめた。ヒステリックな人間だから、あまり相手にはしたくない。


 そこから会話は生まれない。


 居間に流れるのはテレビの騒がしいバラエティの反応と、母が台所で何かをやっている物音。水の音が聞こえるから、きっと洗い物でもしているんだと思う。


 私も昔なら率先して母の手伝いをしたのかもしれないけれど、それも勉強を言い訳にして、そそくさと居間から逃げるように自分の部屋へと向かった。


 自分の部屋には何もない。娯楽類があれば、それをじっくりと読んで時間をつぶすこともできるのかもしれないけれど、そんな大層なものは結構前に売り払ってしまった。確か30円ほどにしかならなかったのを覚えている。


 勉強を言い訳にしたからには、私は今から勉強をしなければいけない。机に数学の参考書を開いて、自分が昼頃に勉強していたページを開いてみる。マーカーで一応なぞっているけれど、正直頭に入っているのかは微妙だ。私は隣にある応用の問題に手を付けて、学習の実感を得ることを考えた。


 ……。


 ……。


 ……集中、できない。


 ──彰人、彼女いないのかぁ。


 母の言葉を思い出して、心の中でそう呟く。口に出してしまえば、誰かにその思惑を聞かれそうだったから。


 でも、こんな希薄な関係からどんな言葉を紡げばいいのだろう。彼とはもう何も存在しない。彼が私との間で存在するのは、幼い頃から関わったという過去と、家族ぐるみで私以外と関わっていることだけ。


 メールアドレスも知らない。だから、何かをしようにも何もできない。


 ……まあ、そもそも何かをしようという気も起きないのだけれど。


 こういう日は、きっともう勉強には手がつかない。さっさと勉強をあきらめた方が、時間を有意義に使える気がする。


 最近は部屋を片付けることさえできていないから、少しばかり片付けてみよう。そうすれば、彰人のことなんて考えなくてすむかもしれない。


 そうして私は部屋の中を掃除し始めた。夏休みに入ってからは、私が部屋に入り浸るので、誰かの手が入ることもなく、部屋の中は散らかっている。散らかっているといっても、少しばかりの埃、意識しなければ拾うことのない小さなゴミとか、そんな程度。


 すぐにそれは終わって、適当に勉強机の本棚みたいなところに視線を移す。


 参考書。参考書。参考書。そしてメモ帳と、──卒業アルバム。


 なんで意識をしたくないときに限って、こんなものが視界に入るのだろう。無意識がそれを求めているのだろうか。少しばかりはしたないような気がする。


 でも、見えたからには広げなければいけない強制的な感覚が意識に働く。私は少し窮屈にしまわれた小学校の卒業アルバムを開いて、写真を眺める。


『小学一年生、ピクニック』


 懐かしい。幼稚園でお別れすると思っていたから、小学校でも一緒になれて嬉しかったのを今でも覚えている。確か、卒園式の時に彰人が泣いて、私もつられて泣いたのだ。そして小学校の入学式で会ったときに、劇的な出会いをしたような錯覚を幼心に思っていたんだっけ。


『小学二年生、どうぶつといっしょ』


 背景には少し気味の悪い顔をしたゴリラがいて、そこににやけたピースをした彰人と、少し太陽を眩しく感じているのか、くしゃくしゃになっている表情の私がいる。


 なんか、いつも私の隣には彰人がいる。そんな時期を懐かしく思う自分が、少しばかり恥ずかしい。


 そうやって、次々とページをめくる。だいたい集合写真にばかり目が行って、細かいところまでは見ない。それでも、たまに私と彰人が一緒に写るものがあって面白い。本当にここまでは一緒にいたんだなぁ。


 でも、そうして懐かしさに浸るのは、小学五年生という文字が見えた瞬間に止める。ここからは彼との思い出は存在しない。だから、見ても意味がないから、飛ばしてしまう。


 飛ばした拍子に、一気に写真を飛び越えて、小学生の時代の時事ニュースが記されているページへと行く。ああ、そんなこともあったのかな、と記憶の片隅にあるものを引っ張り出しながら、次のページをめくる。


『今度、家に本をとりに行くからわすれないように! 中学でもよろしく by彰人』


 他にも誰かから書いてもらった文字があったはずなのに、それでもそんな文字に視線は引っ張られる。


 こんなこと、書いてもらったんだっけ。覚えていない。私は彼のアルバムには書いていないはずだけれど、彼はそれでも私のアルバムに書いてくれたのだろうか。


 ……というか、本って何のことだろう?


 その言葉を思い出すために、私はベッドの下にある収納スペースを引き出して見てみる。ここに入れたのは、大概使わなくなった過去の遺物ばかり。売れもしなかった本とかも雑多に置かれていたはずだ。


 古ぼけた本、しわが多くて、どれだけ読み返したのだろうと想像してしまうくしゃくしゃな本を見つける。その本は、芸人が昔苦労したことが書いてある本で、小学生の当時、いろんな人が持っていたことを覚えている。小学生が好きそうなエピソードが載っていたから、当時の六年生の間では流行っていた記憶がある。


 ──ああ、そうか。


 小学六年生の頃に、羨ましそうにその本を見ている人を眺めていたら、彼が家に来てまで渡してくれたんだっけ。どうだったっけ。学校で渡されたような気もする。


 でも、私と彼はそこまで喋る間柄だっただろうか?わからない。必要な場面では話していたような気もするけれど、今までの密度とは異なるから、全然覚えていない。


 ……結局、彼はこの本を取りに来ることはなかったから、ここに本がある。それは、彼との疎遠を意味するものだとも思うけれど。


 ──まあ、いいか。一つの気の迷いみたいなものが生まれる。


 別に、彼を意識しているわけじゃない。意識をしているわけじゃないけれど、借りたものはきちんと返さなければいけないから。


 そうして私は明日やるべきことと勇気を準備して、布団にもぐる。なんか、少しわくわくする感じがした。

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