イジメ被害者。福島駿之介のお悩み(後編)
福島駿之介は、午後の授業や休み時間を仲嶺のモノマネをして乗り切る。
「お前、なんか、今日、おかしくね?」
下校時、山吹が訝しげな目で言った。
「なんともないよ。気のせいだよ」
仲嶺となった駿之介の背中を冷や汗が伝う。
「ふうん。気のせいか。まあ、いいや。明日、例のもの、忘れるなよ」
山吹はそう言うと、取り巻きの一人である中川を引き連れて帰っていった。
「はあ。驚いた」
駿之介は嘆息した。手中には、山吹の髪の毛がある。ハンカチに包み、ポケットに入れた。
仲嶺家の住所は知らないが、目立つ一軒家であることは知っていた。
「ここかぁ……」
そこは真っ赤な屋根の豪邸だ。敷地面積は都内一軒家の倍以上はある。表札には『仲嶺』と書かれているので間違いない。
数メートルある庭を歩き、玄関のドアを開けようとした刹那、
「おかえりなさい」
中年女性が駿之介を抱きしめた。
「た、ただいま」
仲嶺の母親のようだ。彼女はじいっと息子らしき者の顔を見つめた。
「な、なに?」
「少し顔色がよくないように見えるわ」
「そんなことないよ。大丈夫」
靴を脱ぎ、子供部屋を探す。
(たしか、二階の奥だったような……)
駿之介は仲嶺の過去の発言を思い出し、階段を上った。
仲嶺の部屋は十畳の部屋で、高級そうなカーペットが敷かれていた。カーペット上にあるソファに座り、部屋の中を眺める。
学習机は高級家具店のものだと一目でわかる。本棚には、難しそうな文学作品や学術書などが所せましと並んでいた。
「凄いなぁ……」
駿之介は感嘆した。同級生なのに、これほど生活レベルが違うとは思っていなかった。
段々と惨めな気持ちになってきた時、部屋のドアがノックされた。
「坊ちゃま、ご飯です」
仲嶺家の給仕だ。
駿之介は豪華な食事に舌鼓を打ち、何杯もご飯をおかわりしていた。
「おかわり」
「あら、今日はよく食べるわね」
仲嶺母や給仕に怪訝な目で見られていた。誤魔化すように笑う。
(今頃、仲嶺はどうしているだろう)
福島家での様子が気がかりだが、うまくやっているだろうと高を括った。
*
駿之介の体となった仲嶺は震えていた。
(なんで、こんなことに……)
生き地獄とはまさにこの事だ。
(早く、早く、終わってほしい)
彼の震えは止まらない。
*
翌朝。
仲嶺は登校していなかった。駿之介の体になったことで、色々と
「おっす」
山吹が挨拶をしてきた。
「おはよう」
駿之介は挨拶を返す。イジメっ子はきょろきょろと辺りを見回し、憮然とした表情で教室に向かった。
午前中は平穏だった。イジメのターゲットがいないので、山吹は不服そうだったが、久しぶりに平和な教室で嬉しい。
「おい。仲嶺」
昼休みになり、居丈高に山吹が言った。
「なに?」
「例のもの、持ってきたか?」
駿之介はすっかり忘れていた。その『例のもの』を調査することなく、昨夜は眠りについてしまった。
「ご、ごめん。何だっけ?」
「ああん。忘れたのかよ」
山吹の鉄拳がみぞおちに飛んできた。ごほっと咳き込み、駿之介は腹を押さえて跪く。
「ごめんなさい」
「ごめんじゃねーよ」
蹴りが入った。いつの間にか、取り巻きの数名の男子生徒も蹴っていた。
駿之介は教室を飛び出し、福島家に向かう。
(多分、仲嶺は家にいるはず)
玄関の呼び出しブザーを鳴らすが、反応はない。
(たしか、この辺に……)
駿之介は玄関前の植木鉢を調べた。そこは福島家の鍵の隠し場所だ。
鍵を見つけ、玄関を解錠した。中に入ると、しぃんと静かだ。
(いない? 留守?)
奥の部屋に行くと、仲嶺はいた。音に反応し、何かに怯え、
「すみません。すみません」
布団にくるまり、仲嶺はがたがたと震えている。
駿之介は布団の傍らに落ちている髪の毛を拾い、確認した。
(これは、僕の髪の毛だよね?)
一本の髪の毛を握りしめた。
次に、押し入れの襖を開け、そこに鎮座しているクラインの壺を手に取る。訪問者に気づかない様子で、仲嶺は布団の中で震え続けていた。
リビングに移動し、クラインの壺にさきほどの髪の毛と山吹の髪の毛を一本ずつ入れ、揺すった。壺を押し入れに戻す。
布団の中から呻き声が聞こえた。山吹と仲嶺の入れ替わりが発生したことがわかった。
駿之介は不敵に笑い、そっと玄関を出た。
*
翌日。
朝からクラスはざわついていた。
仲嶺の体となった駿之介が教室に到着すると、駿之介の体となった山吹が、山吹の体となった仲嶺に掴みかかっている。
「体、返せよ!」
駿之介(中身は山吹)はむしゃぶりつくが、山吹(中身は仲嶺)は蹴り倒して応戦した。
「うるせえ。気持ち悪い」
「返せ!」
「うるせえ」
二人の攻防をクラスメイトたちは呆然と見ている。
「あいつ、全員でボコボコにしたほうがいいよ」
駿之介は山吹の取り巻きたちに耳元で囁いた。
山吹が仲嶺に縋りつき、その周りで男子数名が引き離そうと試みる。事情を知らないクラスメイトには、イジメ被害者の駿之介が加害者の山吹に反撃しているように見える形だ。
「やめろよ」
仲嶺の姿の駿之介も参戦する。
「うぉ」
山吹の姿の仲嶺が呻き声をあげた。彼の腹部にナイフが深く入っていた。さきほど、混乱に乗じて駿之介が刺したものだ。
「きゃあ」
女子生徒数名が悲鳴をあげた。
「駿之介が刺した!」
取り巻きの男子が叫んだ。駿之介が刺したのは間違いないが、現在は仲嶺の姿だ。
駿之介の姿をした山吹は取り巻きの手を振りほどき、逃げ出した。
「追え!」
「待て!」
男子数名が追いかけた。
*
山吹は追っ手を撒き、駿之介の自宅に居た。
お腹が鳴った。昼の給食が始まっている時間帯だ。
「酷い目にあったな。くそっ。なんで、俺がこんなひ弱な奴の体になってるんだ」
リビングの椅子を蹴り上げた。
ピンポーンとチャイムが鳴った。ドアスコープを覗くと、中年男性が立っているのが見えた。髪を逆さにたて、パンクファッションな男だ。
「誰ですか?」
山吹はぶっきらぼうに尋ねた。
「やだなあ。駿之介くん。僕だよ。君のお母さんの恋人の間島だよ」
「間島さん……?」
山吹はドアを開けた。
「さあ、寝室に行こうか」
間島はスーツを脱ぎながら言った。
「な、何をするんですか」
山吹は服を脱がされていた。間島は肩を竦め、
「何言っているんだ。昨日もたっぷり遊んだじゃないか」
と下卑た笑い。
「やめてください。警察呼びますよ」
山吹は予測できない恐怖を感じ、震えていた。
「はは。そんなことしたら、駿之介くんのお母さんは悲しむだろうなぁ。そんなホラを吹いたら」
山吹は全身の服を脱がされ、パンツ一枚の姿になっていた。
「ほ、本当に呼びますよ」
間島は少年の体を舐め始めている。
「大丈夫だ。もう警察はいる」
間島が言った。
「僕は警察官だからね」
一旦手を止め、彼は警察手帳を見せびらかす。
山吹は押し入れの襖を開け、隠れようとした。
「遊ぼうよ」
少年の足を掴み、間島は笑っていた。
「や、やめてください!」
押し入れに手を伸ばした。何かが手に触れたので、それを握った。
「いい加減大人しくしろよ」
落ち着きのある声で間島は恫喝した。彼は馬乗りになり、再び少年の体を舐め始める。
「やめてくれ! 気持ち悪い!」
山吹はさきほど手に触れたものを持ち、振りかざす。それはクラインの壺だった。
壺は間島の頭に直撃し、呻いた後、彼は動かなくなった。ドクドクと血液が寝室の畳に染み込んでいった。
*
「この後、どうなるのでしょうか……?」
太がつぶやいた。
羽織纏と細川太は、少年たちの様子をディスプレイで確認している。
「壺が壊れたから、仲嶺は山吹として、山吹は駿之介くんとして、駿之介くんは仲嶺として生活していくしかないわね」
「なんだか、ややこしいですね」
太の言葉に、纏はウフフと笑った。
「どうしました?」
太が聞くと、纏は厳しい顔になって言う。
「駿之介くんはどこまで計算して、実行したのかなって思ってね。彼は、図太く生きるでしょうね」
「算数が得意そうな子でしたよね」
「そういう問題じゃないでしょ」
纏はツッコミを入れた。
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