ある時計についての考察

白瀬るか

ある時計についての考察

「俺が子供の頃、じーさん家にさ、古くて四角い壁掛け時計があったんだよ。おじいさんの時計の歌ほど立派じゃなかったけどさ、ネジで回して動く昔ながらのヤツ。それがある日針が止まって、いくらネジを回しても動かなくなった」

 少年にも少女にも見える聞き手は、眠っているかのようにテーブルに突っ伏して動かない。テーブルの反対側で話し手の男性は、それに構わず続ける。

「それで古い時計は捨てられて、新しい時計が壁に掛けられた。打って変わって、丸い形でデジタル表示の当時の最新式さ。同じ場所に掛けたから、丸い時計の奥に古い時計の形に四角く日焼けしていない壁紙が見えていて、子供心になんか面白かったんだろうな、じーさんの家っていうとそればっかり思い出す」

 起きる気配のない聞き手に、慈しむような視線を投げかけてから男は一息吐いた。

「こんなお前が生まれる前の話、興味ないかもしれないけどもうちょっと聞いてくれよ。そんで、その最新式のデジタル時計は数年したら壊れちまったんだ。すぐに新しい時計──今度は電波で自動的に時刻を合わせる時計を買ってきて同じ場所に掛けた。その時もまだ古い四角い時計の跡が残っていて、新しいもの好きのじーさんをあざ笑っているみたいだった。結局、じーさんが死ぬまでそれを何回か繰り返したけど、最後まで古い時計の跡は消えなかった。それだけ、そこにいた時間が長かったってことなんだろ。丈夫さとか長持ちで言ったら、やっぱローテクには敵わない、ってことなのかもな」

 男は手を伸ばし、動かない聞き手のポリアミド製の髪を撫でた。

 最新のAIを搭載した 汎用自動人形オートマタが一般家庭にも普及して早十数年。人形たちは生活を支える欠かせないものとなっていたが、ひとつ、難点があるとすれば寿命が短いことだった。

 素材うつわ性能たましいに追いつかないため、と言われており、持って数年、ひどいと一年足らずで壊れてしまう。

 男が長年共に暮らした人形も、今朝、とうとう動かなくなってしまった。

 やがてAIが人類を支配するようになる、と言われて幾久しいが、現在のところそれは夢のまた夢のようだ。

 所詮、最後まで残るのは人間ローテクらしい。男は二度と微笑むことのない横顔に、おやすみ、と小さく声をかけた。

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