スモーキン’フィクション
ハヤシダノリカズ
第1話
「オレはね、最後に読者をアッと言わせたいんスよ」
「分かった分かった。先ずは一本でいいから、掌編でいいから書ききってみろよ。理想やご託は書ききった一本を読んでから聞いてやるよ」
大学構内の最もさびれた一画の、昭和のにおいが色濃く残る部室棟、その一室で二人の男が話している。
「パイセンの書いたヤツをいくつか読みましたけど、七割ほど読んだら、もうそこからはオチが読めるっていうか、予定調和一直線で話をまとめにかかってるのが見え見えじゃないですか。オレはそういうのを書き切ったところで、時間の無駄遣いにしか思えないんスよ」
パイセンと呼ばれた男はこれを聞いて僅かに顔を歪める。
「まぁ、確かにオレの作品にはそういう面もある。オマエの言う通りかも知れない。しかし、書き切った経験のあるオレと、未だに一本も書き切っていないオマエの差は先輩と後輩って差よりもデカいぜ? 生意気を吐き続けるオマエに怒り出さないオレに感謝しろよ」
「まぁ、そうスね。スミマセン。生意気言いました」
「とにかくだ。月一の機関誌の枠を使いたいなら早めに言ってくれ。そして、半年後の文芸フリマに参加したいなら、一本でいいから早めに読ませてくれ」
パイセンと呼ばれた男はそう言いながら身支度を整え、部室から出て行った。彼がバタンと閉めたドアには【文芸サークル 紙と粒】と書かれた紙が無造作に貼り付けてある。
室内に一人残った男は誰が置いていったのかも分からないタバコを一本咥え、本や書類や古びた電子ガジェットが積まれた机の上にライターを探す。
「オレの……、天才っぷりは……、オレしか……、知らないんだよっ!」
机の上の堆積物の隙間に百円ライターを見つけて、彼は独り言を細切れに言いながらそのライターに手を伸ばす。すると、バランスを崩した堆積物が崩れ、重心をその上に乗せていた男はそれらと共に床に倒れ込む。静かな部室棟に大げさな音を響かせながら。
「なにしてんの? オザ」
声の主は開け放たれたドアに立ち、呆れた顔で男を見下ろしている。髪をポニーテールにまとめた女だ。
「あぁ、ササキか。なにって、そりゃおめー」
オザと呼ばれたその男は掌の中に収まってくれていたライターをカチカチと何度かやってタバコに火を点けて言った。「タバコ吸ってんだよ」と。
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