殺し愛して地獄で逢おう

月沢 澪

第1話

私にとって愛はいつも傷を負わせる行為だ。


振り向かれたら手酷いことを言って振るの。

彼氏がいても他の男の子と遊ぶことをやめてなんてあげない。

傷付いてる顔を見て悲しくならないわけではないけど、それ以上に、そんな顔をするほど私の存在が心に住んでいたことを実感できてしまう。


ひゅぅ、という掠れた呼吸音が耳に入り、我に帰る。


あぁ、ごめんね。愛し合ってる最中に他のこと考えてしまって。


私の手は今、私の1番愛する存在の首に手をかけている。

馬乗りになって、確実に気道を抑えられるように体重をかけながら。

綺麗な肌に傷がついちゃ嫌だから爪は切ってやすりにかけたけど、それでもなるべく食い込まないように、親指の腹で圧迫する。


「ね...も゛っと、づよく...」


圧迫された声帯から掠れた声。

大好きないつもの声じゃなくて、苦しそうな、今にも消えそうな声。

それでも彼から出てくるだけでこんなにも愛おしい。

生理的に目から溢れ出しているであろう涙や圧迫によって紅潮した顔があまりにも扇情的で、永遠にこのまま封じ込めてしまいたいとさえ思う。


「ごめんね、くるしいね。もう終わらせてあげるから。」


強く、でも優しく、喉にかける手の力を強くする。

かはっ、と咳き込み、その体は本能的に逃げ場を求めてモゾモゾと動く。

しかし彼は私を身体の上から突き飛ばしたりしない。

私の小柄な身体など、その気になればいつでも振り払えるのに、この暴力あいを受け止め、さらには蕩けた瞳で見つめてくれるのだ。


もっと、もっと強く。締めて。

紅をすぎて土気色を帯びてきてもなお美しいその顔を私はうっとりと眺める。


「あいしてるよ。だから安心して私の手で逝って?」


もう声すら出ない口がなにかを伝えている。


「うん?なぁに?...ごめんね、私のせいで声出ないね。大丈夫、どんな君でも好きだよ。」


ぐっ、と精一杯、さらに力を込める。

力がないせいで、長引かせちゃってごめんね。

もう終わるから。


程なくして、彼の力が抜けていくのが感じられた。

目は充血して真っ赤に染まり、土気色の顔は涙や涎でぐちゃぐちゃになっている。

綺麗に拭き取ってからそっと目を閉じさせる。


「おやすみ。おつかれさま。私もすぐ逝くからね。」


返事が返ってくることはない。

サラリと髪を撫でてから、私は私が旅立つための準備を始める。


なるべく逝った後に汚れないよう、処置はしてある。

丈夫な紐を解けないように、あらかじめ調べておいた方法で部屋に設置し、先ほどまで閉めていた家の鍵を開けておく。


なるべく後始末が楽なようにタオルや吸水シーツを敷き詰めたあと、私は自身の首に縄をかけ、身体を横たえる。

間違えて縄を解かないように、いつも使ってる睡眠薬をちょっと多めに噛み砕いて飲んでおこう。


あぁ、大事なことをまだしていない。

すぐそばに横たえている、まだ少し暖かい彼の身体を自分の上に、のしかかるように引き上げる。


ぐ、と縄が強く喉に食い込み、私の呼吸を奪う。

震える手で彼の腕を持ち上げ、自身の首に添えさせる。

あぁ、これでいい。

本当は直接して欲しかったけど、先に壊すのは私がよかったんだ。

意識が遠のく。この瞬間がたまらなく気持ちがいい。

はやく、はやくその手で命を刈り取って。


愛してるよ、心の底から。


言葉は音にならず、ひゅぅ、と空を鳴らす。

俺も、意識を手放す直前にそんな言葉が聞こえた気がした。


これで、2人仲良く地獄行き。

現実じごくとどっちがマシかしら。

また出逢えたら同じように愛し合おう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺し愛して地獄で逢おう 月沢 澪 @micro0317

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ