第16話 未来と恭平と里依紗
里依紗が未来と恭平に会ったのは事件から二ヶ月後だった。
三人は駅の側にあるファーストフード店に来ていた。
「あんときはビックリしたよ。いきなり臨時ニュースとかでこの町で暴動が起きてるとか言うからさ」
久しぶりに挨拶を交わすと、里依紗はあの事件のあった日のことを話した。
テレビでは暴動というだけで未来や恭平が体験した恐ろしいことは一切語られなかった。
その後、新種の狂犬病のようなウイルスが爆発的に感染したのでは?と言われているが真実はわからないでいた。
事件発生から二ヶ月が経ってもテレビでは「鹿島町暴動事件」が繰り返し報道され、好き勝手な憶測が際限なく流されている。
「修哉も真理も死んだんだよな……」
「うん……真理とは離れ離れになって……修哉は突然変わってしまって」
未来が言うのを恭平は黙って聞いていた。
「結局はあの婆さんが言ってたとおりになったわけか……」里依紗はそう言うと、飲み物に口をつけた。
「でも、未来と恭平が助かって良かったよ!アタシにはそれだけが救いだよ」
「ありがとう」未来が静かに微笑んで言う。里依紗はそんな未来を見ると、視線を逸らすように恭平に振った。
「家の方は大丈夫だったんだろう?二人共」
「ああ。僕の家も未来の家も無事だった」恭平が答えた。
「結局、あの学校も終わりか……もう解体されてるのかな……」
「この前、工事の車両が入ってた。だからじきに解体作業が始まるんじゃないかな」
「そっか……」里依紗はため息をついた。
「私と恭平は隣町の学校に行くことにしたの。里依紗と同じ町」
「へー!そうなの?でもアタシは仕事してるからな~」里依紗がぼやくと未来は目を細めて笑った。
「ってことはもう二人共、本調子になったのかよ?」
「ああ。ただ、僕よりも未来の方が大変だったよ。僕はずっと隠れていただけだから」
「私は……ショックっていうか、記憶が混乱する時があって……特にあの事件の日のこととか」
「そうだよな……」
あの日、恭平は教室からみんなが職員室に避難する際の混乱で未来達と離れてしまった。
恭平はそのときに教室に戻り、掃除用具のロッカーに身を隠したのだった。
事態が沈静化するまで暴徒に発見はされなかった。
逃げる生徒を追って暴徒化した生徒が教室から出て行ったことも幸いした。
「里依紗の方は?彼との新しい生活のこと聞いてなかった。どう?」
未来が笑顔で聞く。
「まあ、仕事も慣れてきたし周りも良い人に恵まれててさ」
里依紗は仕事の話や、彼との同棲生活を冗談を交えて面白おかしく語った。
「私達も……里依紗に話すことがあるの」
「ん?なになに?」里依紗は飲んでいたジュースのカップを置くと身を乗り出した。
「私と恭平、付き合うことにしたの。ね!」
「ああ。そうなんだよ」恭平と未来は照れくさそうに里依紗に言った。
「えっ!ええっ!?マジかよ!?」
「マジ…」未来は上目遣いにはにかんで笑った。
「そっか……そっかそっか!どうりで雰囲気違うわけだよな」里依紗は嬉しそうに言うと、恭平の肩を小突いた。
「やるじゃん」
「そんなんじゃないよ」
照れる恭平を優しい目で見つめる未来。その未来を里依紗は見ていた。
彼氏の修哉や親友の真理が死んでしまって、二カ月しか経っていないのに生き残った二人が付き合うなんて不謹慎だと里依紗は思わなかった。
あんなことがあったのだからこそ、二人には楽しく過ごせる時間が必要なんだと思った。
それに、それよりも気になることがあった。それは口にはしないが。
楽しく語り合っていた三人だが、やがて里依紗が帰る時間が来た。
未来と恭平は里依紗を駅の改札まで送っていく。
「彼氏に宜しくね」未来が里依紗に言う。
「うん。今度は四人で遊ぼうよ」
「そうだね!」里依紗に言われて未来は頷いた。
「じゃあ、頑張ってな」「サンキュー!恭平」
里依紗は恭平と握手すると改札を通った。
「里依紗!」未来が呼び止める。
「またね!」振り向いた里依紗に未来が笑顔で手を振った。
里依紗も笑顔で手を振り返す。
未来の笑顔を見ていて里依紗は背筋が寒くなるのを感じた。
しかし表情には出さずに、そのまま階段を上がりホームで電車を待った。
秋風がホームを吹き抜ける。
里依紗が気になっていたこと。
それは未来のことだった。
事件の後遺症とかショックというものじゃない。
恭平は一緒にいて気がつかなかったのだろうか?
あれは自分が知っている未来ではない。
見た目もなにも、どこからどう見ても未来なのだが本質的に全く違う別の何かだ。
自分に語りかける声、向けられる眼差しと笑顔も以前からの未来のものだ。
でも何かが違う。
ただ、そのことを言おうとは思わなかった。
口にしたらなにか恐ろしいことが自分に降りかかりそうな気がした。
里依紗は大きく息を吐いて、頭を振る。
「違う。未来は事件のせいでちょっと変わったんだ」
そう自分に言い聞かせた。
これからの二人のことに思いを馳せたとき、ホームのアナウンスが電車の到着を告げた。
言い様のない不安と共に、秋の夜風がもう一度ホームを吹き抜けた。
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