第14話 四番
少女がなにかを喋り始める。
するとモニターに映った別室の男性も同じことを語り始めた。
周囲からどよめきが起きる。
「この前よりも早い、数秒は短縮してる」
さらに少女が喋ると同じことを別室の男性が口にする。
何をしているのか?これはどういう実験なのだろう?
私が訳が分からずにいると少女がいたずらっぽい笑みを浮かべるて立ち上がった。
少女はその場でバレリーナのように綺麗に回ると別室の男性も同じように立ち上がって回る。
「おお!すごい!」
先生が興奮した口調で呻く。
周りのスタッフは歓声を上げた。
「操縦精度がこんなに高くなるとは」
「時間も飛躍的に伸びてます」
スタッフが時計を見せる。
操縦…… 田島さんから聞いた話を思い出した。
奇妙な観察と実験、男性が女性の言葉で喋り出した。
少女と同じことを喋り、動く、モニター画面の男性。
もしかして、この少女が男性を動かしている?操縦している?
「スケッチを貸して」
目を閉じたまま少女が言う。
手渡されたスケッチになにかを書き出す。
モニター画面の男性も同じように手渡されたスケッチになにかを書いていた。
やがて少女がスケッチをかかげて見せる。
それはモニター画面の男性が描いた絵と同じものだった。
いや、男性の描いたものが少女の書いた絵と同じものよいうことになる。
実験を見ていて、これは人を操る、操縦する実験をしているのだと理解した。
こんなことができるなんて……。
私は思い出した。
最近あった自分が感じた不可解な出来事。
自分の中に何かがいる。
この少女だったのではないだろうか?
この子が私の中に入って私を操縦していた?
だとしたらその理由は?
「感応派の状態は?」
「正常値です」
先生の問いにスタッフが答える。
それから数分、少女の人を操縦する光景が続いた。
やがて少女の呼吸が荒くなる。
「感応派が正常値より下がりました」
「脈拍、心拍数が上昇」
スタッフが少女の状態を告げる。
「もういい。終了だ」
先生が言うと少女の呼吸はだんだんと普通に戻っていった。
スタッフが駆け寄り電極を剥がす。
少女が目を開いた。
「大丈夫か!?」
先生が駆け寄る。
「うん。大丈夫」
「心拍数や脈拍が上昇していた、脳波にも乱れが出た。無理をしたらダメだ」
「それよりどうだった?今日は?」
「ん?ああ……この前よりも遥かに長い時間操縦していた。精度も段違いだ」
「でしょう?今日は相性が良かったの」
「相性?」
「うん。先生にはわからないかもしれないけど、相性っていうのがあるの。同じ精神を患っている人、虚ろな精神状態の人でも゛同質の精神゛っていうのかな?タイプが近い精神があって、そういう人なら長い時間操縦できる、その人の中に入り込めるの」
「そんな相性があるのか?それは普通の人でも可能なの?」
「うん。でも普通の人ならよほど精神タイプが近くないと今みたいにはできない」
同質の精神……?
心ってこと?
タイプが近ければ長時間中に入り込める?
「つまり、そういう相手ならジャックできるわけか?」
「まあね」
少女は得意そうに答えた。
後ろで拍手が沸き起こる。
いつの間にか、部屋の隅には少女と同じ病院服を着た子供が十二人いた。
私が見た夢はこの実験風景だった。でも、どうして私がそれを夢で見ることができたのか?
私の疑問が解けないうちに目の前の光景にノイズが走って、景色が歪む。
私が事態を飲み込めずにいると、目の前には別の風景が現れた。
殺風景な部屋。
真っ白な壁に囲まれた部屋に机とイスが二つ。
さっきの少女と先生と呼ばれた人が向かい合って座っている。
「今日はレポートね」
「ああ。そうだ」
机の上には録音機材とマイクが置いてある。
「始めよう」
先生がスイッチを入れた。
「まず、遠隔操縦をするときだけど自分ではどういうふうにやっている?」
遠隔操縦……
「精神を切り飛ばすの」
「切り飛ばす?」
「う~ん……例えば小指を切り離すの。こんなふうに」
少女は右手の小指を左手で握ると、切り離して飛ばすような仕草をした。
「イメージだけど、飛んだ小指も私、ここにいる私と同じ。飛んだ私が見ること、聞くことをここにいる私も同じように見えるし聞こえるし感じるの」
「その切り飛ばした精神が他人の中に入って操縦するということかな?」
「そうね。私が核。外にいるのが分身みたいなもの。でも長い時間は無理、タイプが同じ相手でも長くて十分くらいかな?干渉できるのは……もっと力が上がれば長くはなるけど」
少女は一旦、言葉を区切った。
「でも健常な精神状態の相手だと干渉も弱くなる、相手の自我が無意識に拒絶するから」
「今の実験でも症状が軽い患者だと時間が短いのはそのせい?」
「うん。でも完全にジャックできる感覚はわかるの。どうすればいいのかって」
「どうするの?」
「相手の自我を消し飛ばすの。そこに私の精神的な核を入れる。そうすればその人は私になるわ。そのためには目の前に同質の精神相手がいないとダメだし、核を飛ばしたら私はもぬけの殻になっちゃう。死んじゃうね」
少女は笑いながら言った。
そこでまた景色が歪んで別の場面に切り替わった。
暗い個室に、さっきの先生と呼ばれた男性と少女が質素なベッドに腰掛けている。
「私、あの犬を使った実験が怖いわ」
先生は無言で頷く。
「私が怒ると、その感応派が犬に伝わって狂ったように暴れだす……さらに近くの犬に伝播する。私の制御を受け付けない。一体なにを実験しているの?」
少女は悲しそうな顔で悲痛に訴えた。
「あれは所長がやっている実験で詳しいことは僕にはわからない…… 感応派の影響を調べているのかも…… ただ、あれを人にやろうとしている話も聞く」
「あれを人にやったら大変なことになるわ。私の感応派を受けた人が中継して、さらに近くの人が受信してしまう。精神的に隙があれば同じように狂ってしまって……あとはどんどん広がっていく」
「狂暴化したら君にも制御できないと言ったね」
「うん。でも私の力がもっと強くなればできるかも」
狂暴化。 この実験の結果起きたのが過去の大惨事なのだと理解した。
では今起こっていることは?私がさっき壊した機械が、この少女が言っている感応波をだしていたということか。
「あれは悪魔の実験だ……それに君のいろんな数値もあの実験には負担がかかっていることが分かる。なんとか所長に話して止めてもらうよ」
「あの所長、怖いわ……私たちのことを人間と思っていないの。ううん……ここの人はみんな私達を実験動物みたいに思っている。でもあの所長はその感情がとても強くて……違うのは先生だけ」
「君達は人間だ。実験動物なんかじゃない」
「本当にそう思っていてくれているのは先生だけ……親もいない、どこからどう集められたのかも分からない私達をそう見てくれるのは。私、初めて先生がここに来た時に感じたの!ああ、この人は優しい人だ、私達を人として接してくれるって」
「君は人の心が分かるのかい?」
「ええ。わかるっていうか感じるの。イメージみたいな。だから私、先生を好きになったの。優しいから。だから実験も頑張ってるの。痛かったり苦しい時もあるけど」
少女がそう言うと、先生は悲しそうに微笑んで少女の頭を撫でた。
「私、先生の研究に役立てるのだけがとても嬉しい」
少女が愛らしく笑って言う。
「僕の研究?」
「ええ。先生は障害を持っている人を助けるために研究してるんでしょう?そのために私の、私たちの力が役立つんでしょう?」
「ああ。君たちの感応波。あれを研究すれば、いずれは人工的に作り出せるはずなんだ。そうすれば脳から発信された感応波を増幅して受信器、つまり義手や義足に伝えることで頭に浮かぶイメージ通りの動きができるようになる」
「その先は?」
「体が動かない人もいずれは健常者と変わらず活動できるようになるはずだ」
「素敵!先生の研究は人を幸せにする研究ね」
「ああ。なんとしても完成させたいよ」
「私なんのために生まれてきたのか、生きてるのかわからなかったけど、人を幸せにするために生きてるんだって思えると、私も生まれてきた意味もあるんだなって思える」
「君も、君たちも幸せになるんだ。その権利がある」
先生が少女の手を握って力強く言う。
「そんなこと言ってくれるの先生だけ」
「僕は必ず君たちをこの施設から解放しようと思ってる。今は力がないが、研究が成功すれば!」
「ありがとう先生。一つお願いしていい?」
「なんだい?」
「君の名前を」
「うん。私たち名前がなくて番号でしか呼ばれないじゃない?私は4番目だから № 4。四番だけど、先生はちゃんと名前があるんでしょう?」
「ああ」
「なんていうの?」
先生は黙った。
「すまない。規則で君たちに名前は言えないんだ」
「そっか…… ごめんなさい。ダメだね私。先生を困らせちゃった」
少女は寂しそうに笑う。
すると先生は首を振った。
「いいんだよ」
そして間を置いてから一言。
「小織卓」
「えっ」
「僕の名前だよ。小織卓」
「コオリ……スグル」
少女は何度か名前を口にした。
小織。 小織って恭平と同じ苗字だ。
もしかしてこの人が恭平が話していた、お祖父さんの弟?
そう考えれば容姿が恭平に似ているのもわかる。
「ありがとう先生。私のために規則を破ってくれて」
「いいんだ。ただし秘密だよ」
先生は笑顔で口に人差し指をあてる。
「うん。私と卓先生、二人だけの秘密ね。なんか嬉しい!二人だけの秘密って」
微笑み合う二人。
私には二人が、なんだかとても綺麗で純粋で……人が触れることさえ許されない、触れたら溶けてしまう雪の結晶のように感じた。
もしくは誰も知らない森の奥に湧き出る泉のような。
汚してはいけない、人の最も美しい領域。
「でも私がここから外に出れるなんて想像つかないな」
少女は天井を仰ぎ見ながら言った。
「外の世界ってどうなってるの?先生は知ってるんでしょう?私、ここから出たことがないの」
「外に行きたいのかい?」
「うん。正直に言うと今まで上の病院までは見たことがある。精神を切り飛ばしてね。でもそれ以上は力が足りない。いつか外の世界に行きたい!できれば先生と」
少女は照れたように笑って肩をすくめた。
その様を見ていて、私はこの少女が先生を本当に好きなのだと思った。
目に映る光景、耳に入ってくる言葉から、この少女はここの地下から出たことがないのだ。
毎日がモルモットのように扱われる実験の日々なのだ。
そんな日々の中で、この男性と出会った。
恭平にそっくりなこの人と。
「最近、薬が強くなってみんな元気がないわ。体調が悪くて起き上がれなくなったり……何人もいなくなった。みんな他の病院に移ったって聞いたけど、移った他の子は外を見れたのかしら?」
「今、ここにいて歩けるのは君だけだったね」
「うん」
「行こう。ほんの少しだけど、君を外の世界を、その目に見せてあげるよ」
「ほんとう!?」
病院の地下から外……
お婆さんが言っていた、見たこともない白衣の人と患者が中庭に立っていた。
患者は私と同じくらいの年齢……。
これだ……!
この先生という人が、少女を上にある病院の中庭に連れて行ったんだ……!
またも目の前の景色が歪み、全ての光景が消えた。
私がさっき来たときと同じ、暗い室内。
足下には壊した機械がある。
今、垣間見た光景は過去の実験?
それが何故見えたのか?
どうしてあんな幻覚が?
それにあの子はどうなったんだろう?
あの子は私をここに引き入れた子とそっくりだった。
でも、今私が見たものが過去の実験なら年齢が合わない。
いろんなことが頭の中でぐるぐる回るけど整理する余裕なんてない。
「誰かいないの!」
大声で叫ぶがなにも返ってこない。
さっきの子はどこへ行ったのか?
持っていた懐中電灯で辺りを照らす。
明かりに照らされて、部分的に見えたのは机や棚、棚にはたくさんのファイルが並んでいる。
大きなテーブルの上には古ぼけた実験器具、奥にはガラスで仕切られた区画、さらに壁際には幾つか扉がある。
かなり広い。
さらに部屋の中を見回していると、倒れている人の姿が懐中電灯の明かりに浮かんだ。
今度は幻覚じゃない?
「あの……ねえ」
近付いて声をかけようとして悲鳴が出た。
白骨だ。
良く見ると何人も死んでいる。全てが白骨化してかなり古い遺体だとわかる。
これはもしかして、過去に起きた大惨事のせいなのか?
思わず尻餅をついて後ろの本棚にぶつかった。
棚にぶつかり上からバサバサとファイルが落ちてくる。
「ひい、ひい、ひい、なんなのここは?」
混乱する頭で考えた。
あの壊した機械が暴動の原因なら外はもう安全なはずだ。
わざわざここを抜けて外に行く必要はない。
来た道を辿って学校へもどろう。
真理や恭平が生きているはずだ。
泣きじゃくりながら立ち上がろうとしたとき、ふいに床に落ちた一冊のファイルが開いた。
開いたページには「精神感応波による遠隔操縦」と書かれている。
ここでしていた研究資料だろうか?
突然のことに目が釘付けになる。
早く立ち去らなければと思っても目が離れない。
風もないのに凄い速さで勝手にファイルがめくれていく。
私は震えながら見ていた。
次々と現れる子供達の写真とその横に記された番号。
その上に押された刻印。
「死亡」「サンプル摘出」「処理済」
「死亡」
「死亡」
年齢も性別もバラバラな十二人の子供が悉く死亡している。
そしてあるページを開いたところで止まった。
写真はあの少女だ。
「No.4」と表記されている。
4番目の少女?
この子だけ「死亡」の刻印がない。
なぜこの子だけ?
恐る恐るファイルを手に取り読んでみる。
ページをめくると中和装置という機械について書かれていた。
「精神感応波を抑制」と書かれている。
次のページにはその中和装置の図が描かれていた。
「これ、さっき私が壊した機械にそっくりじゃない!」
どういうことなんだろう?あの子はあの機械が人を狂わせる電波を出しているといった。
しかし、このファイルにはそっくりな機械が精神感応波を抑制させると書いてある。
そして次のページになにかの段階を示す項目が書かれていた。
レベル1 精神感応波による対象への思考、深層心理への影響。
レベル2 レベル1に加え、対象への視覚、聴覚、嗅覚、触覚などへの影響。
レベル3 精神感応波による対象への能動的な影響。思考、身体機能の支配と操縦。
レベル4 精神感応波による広範囲への影響、脳の神経組織への干渉と破壊。
「なんなのこれ?なにを書いてあるの?」
脳の神経組織への干渉と破壊?
さっきの実験を思い出す。
おそらくレベル3というのは少女が人を操っていた、操縦していたことだろう。
でもレベル4というのは、少女が先生と会話していた「犬を使った実験」のことじゃないだろうか?
人に対して行ったときの恐れを少女が話していた。
過去の病院やこの町で起きたこと、今日私たちが遭遇した出来事、それがレベル4の状態だとしたら。
次のページにレベル4に関すると思われる記述があった。
精神感応波により対象を狂暴化させる。
知性は失われ、自己または他者に対する強烈な攻撃衝動に支配される。
拡散の抑制と対象を限定させることも可能。対象には著しい身体への負荷が認められる。
さらに文字を追うと「暴走」という文字が目に入った。
被験者№4の精神感応波が暴走状態になり制御不能。
空調設備から毒ガスを注入し鎮圧する。
№4死亡。
「こ、殺された!」
死亡後に感応波を確認、人体への影響が認められるため中和装置を設置するも室内での影響は抑制できず。止むを得ず封じ込めと計測を決定。
ファイルはここで終わっていた。
「封じ込めと計測ってなんなのよ?もう死んだのに感応波が確認ってどういうことなの?室内の影響って?ここなの?」
私がここに来たとき、扉には外から閂がかけられていた。
まるでなにかを中から出さないように。
そしてあの子がいた。
私が壊した機械が、もし中和装置だとしたら……?。
あの機械を壊したときに見せた、背筋も凍るようなあの子の笑みを思い出した。
ダメだ。
ここにいてはいけない。
ここにいたら死ぬ!
殺される!
理屈でなく直感的にそう確信した瞬間、ギギギ と、鈍い音を立てて部屋の奥にある扉が開いた。
ぽっかりと真っ黒い口を開けているようで、周囲の闇より一段と暗い。
なにも見えない真っ暗な奥から 足音が聞こえたような気がした 。
泣きながら懐中電灯で暗闇を照らした。
「ぎゃあああー!」
あらん限りの声を上げた。
なにもいない。
そこにはなにもいない、ただ暗闇が広がっているだけなはずなのに暗闇から感じる圧倒的な恐怖。
たしかになにかが闇の中に存在しているのを感じる。
そして確実に私の前にひたひたと迫ってくる。
これが真理の言っていた、私たちを見ていた「なにか」であり、ファイルにあった、ここで死んだ子供たち?
いや、四番目の少女?
私の全身、あらゆる器官が警報を発していた。
背中を冷たい汗が濡らし、四肢はガタガタと震え、毛が逆立つ。
胸が圧迫され、心臓の鼓動は跳ね上がり呼吸もままならず、体の奥底から目の前にある「恐怖」を全身が現わしていた。
暗闇はするすると私の足元から這い上がるように、纏わりつくように迫ってきた。
私はもう後ろを見ずに、泣きながら必死に這って逃げた。
聞こえるはずのない 後ろから の 足音が迫ってくるかのような恐怖が私の心臓を鷲掴みにする 。
「うわああー!来るな!」
振り向きざまに床に落ちていたファイルを投げつけた。
しかし、そこにはなにもなくファイルは暗闇に吸い込まれるように虚しく消え、床に落ちた音だけがするだけだった。
助けを求めるように手を伸ばしながら這って逃げる私の全身を冷たい空気が包んだように感じると、伸ばした手の先が真っ暗になった。
暗闇が私を包み込んだ……。
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