第16章 

第313話 記憶の欠落

 不規則な揺れ。


 意識が朦朧としている……。


 このは覚えがある。馬車の揺れ方だ。異世界こちらでは舗装された道なんて街の中心くらいしかない。だから、馬車で移動するとこう――、荷台が不規則に揺れ、時折、跳ね上がったりもするのだ。


 馬車……?


 私はいつ馬車になんて乗っただろうか? 頭がぼんやりとしている。今、私は横になっている。ついさっきまで眠っていたようだ。なんだか記憶が曖昧だ。私は一体どこへ向かって……?



 急に我に返った私は、飛び起きて周りに目を走らせる。その瞬間、馬車の荷台が軽く跳ね、バランスを崩してしまった。

 転びそうになった私を、隣りにいた男性が手を持って支えてくれた。ただ――、その人に見覚えはない。


「お目覚めですか、スガワラさん。今は馬車での移動中ですので座っていた方がいいですよ?」


 聞き覚えのある声の方を向くと、そこには知恵の結晶のギルドマスター、ラグナさんがいた。


 そうか……、私はたしか彼と話をするため、知恵の結晶のギルド本部を訪れていた。私たちできないであろう話に花が咲き、夕食をご馳走になる話になった。


 それから――、そのあと……、どうなった?


 私の周りにはラグナさんを含めて人が3人――、とはいえ、顔を知っているのは彼以外にいない。陽の光はまったくなく、今が夜なのは間違いなさそうだ。


 どうにも記憶がはっきりしている部分と、今の状況が結びつかない。ようは、記憶の一部が欠落しているのだ。

 時間帯は夜、近くにいる人で知っているのはラグナさんのみ……。嫌な予感が頭を掠めた。


 ひょっとしたら、彼に夕食をご馳走になり、柄にもなく酔いつぶれてしまったのか? 記憶を失うほどに酔ってしまい、自分の足で帰れなくなった私を彼が馬車で自宅まで送ってくれている?


 霞がかったような記憶と、かすかな頭の鈍痛。振り返ると、横になっていた私には毛布がかけられていた。ラグナさん以外のここにいる人は、きっと彼のギルドの人間だろう。

 たしかなことは思い出せないが――、状況だけを見ると私の考えは、そう的外れでもないように思えた。


「――あの……、ラグナさん? ひょっとすると、私はなにかとてもご迷惑をおかけしてしまったのでは……」


 彼に視線を向け、恐る恐るそう切り出したところで、またも馬車の荷台が大きく揺れた。


「まあまあ、スガワラさん。まずはどうか座ってください。立ったままだとそのうち怪我をしてしまいますよ?」


 彼に促され、私は元々横になっていたところに腰を下ろした。彼の表情はにこやかだが、いわゆる「営業スマイル」ともいえるもので、その心中は読めない。


「えっと……、改めてラグナさん。誠に恐縮なのですが、今の状況が私はよくわかっておりませんでして……。もしかして酔い潰れてしまったのではないかと――」


「はっはっは! そんなことを気にされていたのですか? 心配には及びませんよ? あなたが思っているような醜態があったわけではありません」


 ラグナさんはこの狭い馬車の中で声を上げて笑った。私も釣られて顔が自然と綻ぶ。

 しかし――、酔い潰れたのでなければ今のこの状況は一体……?

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