第304話 変化
酒場「幸福の花」の名物、アイスクリームはとても評判だった。「珍しいスイーツ」と聞いてやって来たお客はほとんど例外なく、それを口に入れると表情を綻ばせた。
そして、今それを食するのは、王国軍の女剣士アイラ・エスウス。遺跡調査の任務で同行しただけのスガワラやラナンキュラスはもちろん、彼女を取り巻く人のほとんどが彼女の表情の変化を――、とりわけ「笑顔」など見たことがないという。
常に無表情、まさに天然の鉄仮面のアイラ。そんな彼女は、例によって一切表情を変えずに運ばれてきたアイスクリームをまじまじと眺めていた。
「――これは……。たしかに他では見たことのない食べ物ですね?」
「すぐに溶けてしまいますから。早めに召し上がってください」
スガワラもラナンキュラスも気にしないようにしながらも――、アイラがそれを口に入れる瞬間が気になるようだ。
「――なにか監視されている気分なのですが? 私が食べる様子がそんなに気になりますか?」
「いいえ、どんな感想をいただけるか、と思いまして――」
ラナンキュラスはカウンター越しに笑顔で応え、にこにこしながらアイラの顔を見つめている。「監視されている」と言われてなお引き下がらないのが、ある意味、彼女の性格といえた。
一方のスガワラはなにも気にしないフリをして、すでに十分片付いているテーブルの整理をしている。
お椀型の天辺をスプーンで掬い取り、現代でいうところの「シャーベット」に近い、名物「アイスクリーム」を口に運ぶアイラ。その味を吟味するように口に入れ、数秒無言でいた。
「……その、いかがです?」
「――ええ。この冷たさ、甘さ……、これは『名物』足り得るものだと思います」
アイラはいつも通りの感情のない声でそう言うと、お皿に盛られた残りを少しずつ掬って口に運んでいく。その表情はやはり――、いつも通りだった……。
ラナンキュラスから必要な話を聞き終えたアイラは、一礼をして酒場を出て行く。アイスクリームについては、不器用な言葉で彼女なりの評価を口にした。
スガワラはそれを聞いて胸をなでおろすとともに、やはり
その表情を逆にアイラは、不思議なものでも見るような目で見つめている。
「ラナンキュラス・ローゼンバーグ。どうやら私は勘違いをしていたようですね」
お店の去り際、アイラは半身をラナンキュラスに向けて語り掛ける。
「勘違い? ボクに対して、ですか?」
「ええ……、遺跡で見たあなたの魔力はたしかなもの。王国魔導士団でもあのレベルの者が果たしているでしょうか……。ただ――」
言葉を区切った彼女は、ラナンキュラスと、その奥にいるスガワラに視線を向けてからこう続けた。
「あなたは守られる側の人間のようです。今後もし、命が狙われるようなことがあれば、遠慮なく王国軍を頼りなさい」
「先日はそんな余裕がなかったんです。それに――、ボクの力でどうにかできちゃいましたから」
「あなたの魔力なら――、大抵のことが『できて』しまうでしょう? 私が言いたいのはそこではありません」
アイラの言葉にラナンキュラスにはいつもの――、唇に指を当て小首を傾げる仕草をしてみせた。
「できるできないではない。私は話がそれほど上手くありませんので、適切な言い方がわかりませんが――、あえて言うなら『向き不向き』の問題です。あなたはきっと向いていない」
それだけ言うとアイラは、ラナンキュラスの返事を待たずに背を向けて歩いて行った。
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