第301話 失態

 この日、シャネイラ・へニクスは王城の一室に呼び出されていた。いつもの鉄仮面を外し、素顔を晒すシャネイラ。

 美しさと――、彼女を知っている者ならその年齢と――、どちらをとっても明らかに人間離れしている美しい女性が姿を見せる。


 シャネイラは、まるで証言台に立たされた証人のようだった。彼女の正面、さらに周囲を王国の要人が取り囲み、見下ろしている。


「報告によると……、『起源の書』を持ち出したと張本人と思われる『ロウレル』と名乗る魔法使いと対峙しながら、取り逃がしたと?」


 裁判で例えるなら、裁判官の位置に立つ老齢の男が問い掛ける。それに対しシャネイラは無言でいた。



「この度のブレイヴ・ピラーの活躍、それなりに評価をしていたが、まさかそのマスターが致命的な失敗を犯すなんて……」

「ギルドマスターが自らの率いる組織に泥を塗るとは……、『王国最強』も落ちたものですな!」

「かつて王国に仕えたシャネイラ殿だからこそ! 任された役目なのですぞ!? かの名声に気が緩んでおったのではないか!?」



 周りを取り囲む外野からもシャネイラに向けてさまざまな意見が飛び交う。彼らは皆、老齢でかつて王国騎士団に属して頃のシャネイラは知る者ばかりだった。

 若き日の失態を知られているからなのか、今も昔も組織の長として彼女に適わない嫉妬からなのか――、ここぞとばかりにシャネイラに詰め寄る王国の重鎮たち。


 それに対し彼女は、不思議となにも言い返さずそこに立っていた。もっともシャネイラにとっては単なる「雑音」程度にしか思っていないのかもしれないが……。




◇◇◇




「――なぁ、グロイツェルはどう思う? あのシャネイラが敵を取り逃がすなんてあり得ると思うかい?」


 シャネイラ不在のブレイヴ・ピラー本部ではカレンとグロイツェルが話をしていた。カレンは、おそらく鬼の首をとったつもりでシャネイラを責め立てているであろう王国の者に不満を漏らしつつも、「不死鳥」の失態が信じられないようだ。


「いかにマスターといえども、完全無欠ではないということだ」


 グロイツェルはいつもの彼らしく、あまり感情の籠らない声でそう言った。彼の返事の後、少しの沈黙が流れる。


「グロイツェル……、あんた本当にそう思っているかい?」


 カレンは改めて、グロイツェルの目をじっと見つめて問い掛ける。そんな彼女に対して、彼は視線を逸らしてから答えた。


「敵が余程の策士だったのか、時の運が相手に味方したのか――、あるいはそのどちらでもないのか……、考えられることはいくらでもある。ただ、少なくとも他人ひとに話せるレベルの確固たるものはない」


「――そうかい。私はあんたほど頭回らないからねぇ。シャネイラが『取り逃がした』って言うならそうだろうって思うだけさ」


 ブレイヴ・ピラー「3傑」の残された2人、彼らはお互いの考えを口にしなかったが1つだけ共通していることがあった。


 ともに、納得していない――、と。

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