第292話 思い込み
男の肌に直接刻まれた術式は、怪しく光っていた。杖先に高濃度の魔力を集結させ、ラナンキュラスに向けて放たれたのは圧縮された乱気流。
渦を巻き、大地を削り、さながら天然の掘削機の如く風の牙を剥きだしにして襲い掛かる。
「――タイタニアホールド」
対するラナンキュラスは鉄壁の防御魔法、スピカの復学試験にて相手のリリィも用いた巨人の手を展開した。
主を守る大地の巨人の手とそれを削り取らんとする天然の刃。その衝撃は、周囲の外壁を吹き飛ばし、窓ガラスは次々に割れていった。
街中の一点に突如として発生した乱気流地帯。
『この出力でこうも撃ち続けられるなんて……。元々の技量の賜物なのか、それとも邪法の力なのか』
巨人の手の中でさらに魔法結界を幾重にも展開し、攻撃を防ぐラナンキュラス。彼女の魔力ゆえに攻めと守りの戦いが成り立っていたが、並みの魔法使いなら一瞬にして風の刃に呑まれていたかもしれない。それほどに相手の魔法は強力なのだ。
ラナンキュラスの使った「タイタニアホールド」は、守りに全ベクトルを振り切った魔法。強力な攻撃魔法はもちろん、物理的な攻撃も防げる鉄壁の守り。
しかし、その反面、攻撃に転じるのが非常に困難な魔法でもあった。それゆえ、相手の魔法使いは察する。邪法を用いた自分の全力とラナンキュラスの守りの根比べ。どちらが長く耐えられるかの戦いなのだ、と……。
「術式にヨッテ、コチラの肉体が長クは持タナイとでも思ッタカ、この一時で朽チ果テルほど軟な鍛エ方はしておらん」
風の牙はさらに出力を増す。反撃がこないとわかった以上、勝利条件は至ってシンプル、守りを突破すること。魔法使いの男は、もてる魔力を総動員して巨人の手を破ろうとしていた。
少しずつだが、確実に削り取られていく巨人の腕。それを貫いた先にはラナンキュラスの姿があるはずであり、そこに辿り着いたとき、魔法使いの男は勝利できると信じていた。
しかし、彼の選択が実は、初手から間違っていたと悟るのにそう時間は掛からなかった。足元が淡く発光し、その異変に気付いたとき、男は地面の爆発に呑まれ宙へと吹っ飛ばされていた。
『ジオブレイク……っ!? あの防御のなかで、何故……、どうやって――』
攻撃へと振り切っていた男は、土の上級魔法「ジオブレイク」をまともにくらってしまう。さらに邪法によってもたらされた肉体への負荷が追い打ちをかけるように襲い掛かった。
砕けた石畳と土に塗れて地面に落下した男は、土煙に紛れ、同様にその意識も混沌としていた。霞ゆく意識のなかで、ラナンキュラスがいかなる手段で反撃してきたのかを考え――、ついには答えには行き着けず、「これがローゼンバーグか」の結論に至る。
少しの間、男が立ち上がって来ないかを注視していたラナンキュラス。しかし、そこにあったはずの命の灯が消えたことを確認すると、その警戒を解いた。
「ごめんなさい。ズルっ子相手に堂々とやり合うほど、ボクは優しくないんです。『伝導体質』、もうちょっと理解してくおくべきでしたね……」
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