第284話 平和だから

 火消の応援に出た魔法学校の生徒たちは、目に付く小火ぼやを消しながら街中を駆け回っていた。

 主に水・氷系統を得意とする子が中心となって消火し、他の学生は逃げ遅れた人の誘導や捜索といった補佐に回っている。もっとも、彼らの派遣された区画は、すでに安全確認がなれたところで、「最終確認」程度の意味合いが強かった。


「……普段なら人がいっぱいいるのに、こう静かだと別の場所にいるみたい」


「静かってことは、騒ぎは治まってるってことだろ? ここいらはまだマシなとこらしいぜ?」


「住民が避難してるからね……。けど、きちんと見回っておかないと。放火だけじゃなくって消し忘れとかで二次災害が起こったりするらしいわ」


 アトリア、シャウラ、ゼフィラは、不自然なほど静まり返った街中を走りながら、火の手が上がっていないか念入りに確認して回った。学校に閉じ込められていては焦燥感が募るばかりで、こうして外で動けた方が彼女たちにとってもいいらしい。


「……で、例によってリリィあの先輩、いつの間にか消えてるんだけど?」


「無理よ、リリィ先輩を繋ぎ止めとくなんて誰もできないわ」


「リリィ先輩にスピカ、オレらの周りは問題児ばっかだなー、今回に限っては」


「……スピカとあの先輩を一緒にしないで? あの人は友達でもなんでもない」



 ある程度、見回りが済んだところで引率しているティラミスと合流した学生たち。彼は魔法の写し紙で衛兵団と連絡をとりながら、次の目的地を指示していく。


「ティラミス先生よ、多少危ないとこでもいいんだぜ? オレらそのための訓練は受けてるわけだしよ!」


 思案しながら行き先を告げるティラミスに対し、問い掛けたのはベラトリクス。実際、今の現場はほとんど魔法を使うこともなく、見回りだけで終わっていた。


「生徒の身を預かってる以上、危険なところへ送るわけにはいかないわぁ。たとえ、訓練を受けていても、あなたたちはまだその道の専門家じゃないものねぇ」


 ティラミスはベラトリクスに――、というより、その場に集まっていた学生全員に向けてそう言った。


「それに――、ひょっとしたら退屈している子もいるかもしれないけどぉ、覚えておきなさい。戦うだけじゃなく、こうした状況で如何に人々の役に立つ魔法を工夫して使えるか……、私はそこに魔法使いの『真価』があると思っているわ」


「おっ…おぅ、戦うだけじゃない、工夫か……」


「そうよ、すぐにはむずかしいかもしれないけどぉ――、人の争いがなくて、まものもいない世界になったらうれしいでしょ? でも、そうなったら職にあぶれる魔法使いなんて嫌じゃない? 平和な世でこそ役に立つ魔法使いを、私は育てたいからね」


 街が静かゆえか、ティラミスの低い声はいつも以上に通って、皆の耳に届いたようだった。

 学内の教師陣でもひと際「戦える魔法使い」として有名な彼だが、今語ったことが、彼の魔法、そして魔法使いに対する考え方なのだ。

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