第106話 お菓子に仕掛け
「――この先は敵の気配がありません。進みますよ?」
アイラは剣を地面に向けて軽く振るった。黒い血が直線状に描き出される。そこには2匹のまものが屍となり横たわっていた。
彼女は道中にまものの気配があっても、歩みを止めずに進んでいく。やがて遭遇した相手を瞬時に切り刻み、何事もなかったように先を行くのであった。
ラナンキュラスはまものの気配を察すると警戒して立ち止まっていた。当然、後ろに続く王国軍の仲間たちも同様に、だ。
しかし、アイラはまさに「怖いもの知らず」と言わんばかりに前へと進んでいくのだ。
「ローゼンバーグ卿、先ほどからなにか気配を探っているようですが、どうしました?」
アイラは時折立ち止まるラナンキュラスの様子を不思議そうに見ていた。彼女ほどの魔法使いがまものの気配を感知できないとは思えない。ゆえに、その動きにはなにか別の意味があると思ったようだ。
「実は、万が一に備えてスガさんに渡したものにちょっとだけ細工をしてたんです」
ラナンキュラスはそう言うと、ポケットから小さな包みを取り出した。それを開くと中には「星のトリート」――、アレクシア王国名物の甘いクッキーが数個入っていた。
「たしか――、彼も同じものを持っていたと記憶があります。あなたが渡していたのですね?」
「ええ、甘いものはお腹も心も満たしてくれますから。でも――、これは別の意味合いもあるんですよ」
アイラは興味なさげに彼女の手にあるお菓子から目を逸らそうとした。しかし、改めてそれに目を向けると1つ手に取ってまじまじと見つめ始めた。
「これは……、気付きませんでした。魔法でなにか仕掛けがなされている」
ラナンキュラスは小さく頷く。
「特別な効果はありません。ただ、少し離れたところにいても私が察知できる『印』を残したんです。食べてしまっても効力は残ります。もっとも――、1日もすれば無くなってしまいますが」
アイラは、スガワラが消えた広間の捜索を仲間に任せ、ラナンキュラスが別行動をとった意味を理解した。彼女はこのちょっとした仕掛けによって、例の広間の付近にスガワラはいないだろうと結論付けていたのだ。
それをあえてギルドの仲間に伝えなかったのはなぜか……?
ラナンキュラスがここまで休まず自分に同行しているのがその答えだろう、とアイラは考えた。この魔法使いはスガワラのため多少の無茶をするつもりなのだ。仲間をそれに巻き込まないようにしたのだ、と……。
「大した備えですね。それで――、肝心なその気配は辿れそうなのですか?」
「いいえ。まるで気配を感じません」
「すると――、彼はそれほどまで離れたところにいると? にわかに信じがたいですが……」
「ええ。もしくは――、魔力を探知できない……、『結界』の内側にいるとか?」
ラナンキュラスはそう口にしながら、内心同時にそれを否定していた。まだ誰も足を踏み入れていないであろう遺跡の奥に、そんな魔法的施術がなされているなど考えられないからだ。
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