第30話 俺との違い
「いってぇ……くそっ」
控え室で足首に冷やしたタオルを当てながら、つい声を荒らげてしまう。
今は三幕終了後の
四〜五幕は、出番が遅い。
今のうちに、冷やせるだけ冷やせ。
以前の俺なら、こんなヘマはしなかったのに。
この状態じゃ全力は出せないし、少しだけ手を抜いて――って、思考まで弱気になってる。
「どうするか……」
――ガチャッ
「っ!?」
急に控え室の扉が開いたと思えば、柏崎が顔をのぞかせる。
「大丈夫か?湿布持ってきたけど」
「平気だよ、少し冷やせば治るから」
軽く手を振って問題ないことを伝える。
だが、柏崎はこちらを見ず、俺の前に跪く。
「お、おい……平気だって」
「平気じゃねーだろ、茜さんだって気づいてるし。早く足見せろ」
渋々、衣装を崩すと真っ赤に腫れた足首があらわになる。
「とりあえず、湿布貼るけど……続けられるのか?こんなんで」
「やれるよ、大丈夫だ」
「……お前が言うなら信じるけど、無茶すんなよ」
『やれるよ、大丈夫』――返事ではなく、自分に言い聞かせた言葉だ。
折れるな……俺ならまだやれる……。
汗も引いてきたので、急いでメイクを直す。
「無茶すんなって言ったけど……。正直、舞台に立っているお前をまだ観れるって思ったら、少しだけ嬉しかった」
「だから、無茶しないで全力で頑張れ」
ずるいな……。
そんな事言われたら、頑張らない訳にはいかないだろうに。
そうして、後半の四幕が幕を開けた。
四〜五幕はセリフだけで、動かなくても問題は無かった。
問題の第六幕。劇中屈指の見せ場だ。
主人公と物語の黒幕の一騎打ち。もちろん、俺が黒幕だ。
台本では、黒幕が主人公を嘲笑うかのように動き回り追い詰めていく。
だが、主人公の起死回生の一撃で致命傷を負うも、最後まで足掻き続ける。
「お前のことを信じていたのに……」
「俺は!この時をずっと待っていたんだっ!お前らに復讐するこの瞬間をっ!!」
お互いにセリフを言い放ち、劇場内に剣がぶつかる音が響く。
主人公の周りを縦横無尽に跳ね回る。
――ズキリ!ズキリッ!!
足首の痛みが酷くなるが構うな!もっとやれ!もっと魅せろ!!
主人公が片足をつき体勢を崩した。
これが、合図だ。
俺は剣を振りかぶる
――が、その直後に俺の脇腹に主人公の剣先が突き刺さる。
それと同時に、俺は怪我をしている左足首に全体重をわざと乗せる。
――ズキンッッ!!
「ぐぅっ!!」
俺は呻き声をあげ、片膝つき形勢が逆転した。
「もう……終わりだ」
俺の鼻先に剣を突きつけ、言い放つ。
「うぅ……ぐっ!」
それを、剣で払い痛む左足で踏ん張り、最後のあがきを見せるも難なく斬り伏せられる。
そうして舞台は暗転し、物語は終幕へ向かった。
「ほんっと和葉は馬鹿だよね!怪我の痛みを利用してリアリティを出すって……。悪化したらどうすんのさ!」
舞台終わりの控え室で俺は応急処置を受けながら、茜さんにお灸を据えられていた。
「ごめん……南雲くん。俺のせいで怪我をさせてしまって」
その横では、申し訳なさそうに、頭を下げる主演の滝沢さん。
「大丈夫ですよ、おかげで舞台は大成功。お客さんも喜んでたじゃないですか」
処置が終わり、軽く歩いてみるが――
「痛っっ!!」
まじで、やばいかもしれない。
それを見て、重いため息を吐く茜さん。
「和葉、タクシー呼んであるからそれで帰んな?」
俺には冷たく言い放ち――
「ごめんね!柏崎ちゃん!和葉のことよろしくね!」
柏崎と話す時はワントーン高くなる。
なんだよ、この差は。
「このバカは責任もって送ります」
そう言って、肘で脇腹をつつく。
タクシーに乗り込む前に――
「二人とも今日はありがとうね。柏崎ちゃん!興味あったら、連絡ちょうだいね?また、一緒に舞台作ろ?」
「はい!お世話になりました!」
ぺこりと頭を下げ、タクシーに乗り込む。
「着いたぞ?おーい」
肩を揺すられて初めて、俺は寝ていたのだと気づく。
「う……ん?あぁ……ありがとう」
痛みに顔をしかめながら、タクシーを下りる。
何故か、柏崎も一緒におりタクシーは走り去ってしまった。
「え?おい、行っちゃったぞ?」
「良いんだよ。帰るまで責任持つって言ったろ」
「律儀だな」
「うっせ」
正直、今日ほどエレベーターに感謝したことは無い。
この足で三階まで階段で登るとなると……考えただけで絶望だ。
亀のような歩みを経て、ようやく玄関にたどり着いた。
「助かったよ。暗いのに送ってあげられなくてごめん」
「いーよ別に、十分もかかんねーって」
そういえばと、一つ伝え忘れていたことを思い出す。
「柏崎に何の才能があるか言ってなかったな」
「言わなくていい」
下から睨まれ、思わず口を紡ぐ。
「多分、わかったから」
そう言って、背を向けて歩き出す。
かと思えば、数歩先でピタリと止まり――
「好きでやってた事が才能になることもあるんだな。南雲のおかげで分かったよ!ありがとうな」
ニッと笑い、階段に向かって歩いていく。
今日の演劇に誘ってよかったって、今の笑顔を見て強く思えた気がする。
好きなものが才能に……か。
たとえ好きなものでも、同じことを毎日続けることは出来ないだろう。
出来たとすれば、それは才能の一つだ。
柏崎は、好きでやっていた事が才能だと気づき受け入れた。
大きい一歩で確かな成長だ。
けど、それは後天的に身につけた才能。
自ら望んで手に入れた才能。
じゃあ、俺は?
今も自身の生まれ持っての才能を受け入れられない俺はなんだ?
この才能は自分の体の一部だと……受け入れられないのは致命的な俺の弱さだ。
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