第15話 子供のおもちゃ


 マンションでの火災についてはすぐに報道され、それを見て心配した蓮見から連絡をもらった大和は、盗聴器の話をした。

 すると、そういうことなら任せろと、蓮見は機械を持って現れる。


「はい、これ盗聴器発見器。持ってきたんだから、調べてもいいよね!?」

「……別に構わないが、なんでお前、そんなにテンション高いんだよ」

「だって、盗聴器だよ!? これ新作でね、まだ一度も試したことがなかったんだ。こんな機会は滅多にない」


(なんて不謹慎な……)


 大和はそう思ったが、協力してもらっているのだから文句は言えなかった。

 新作だという発見器は、大和の目には子供のおもちゃのトランシーバーのようにしか見えなくて、どこが新しいのか理解できなかったが、電源を入れるとすぐにピーピーと甲高い嫌な音が鳴る。


「ここと……あ、これもそうだね」


 見つかったのはリビングと寝室。

 リビングには二つあり、一つはテレビ台の真裏に設置された三口のタップ。

『チェリカフェ』に幸彦が設置したものと同じものだった。

 ゲーム機や録画機器の線が挿さっていて、クマのぬいぐるみの中に入っていた電池式のものとは違い、コンセントからそのまま電気を使うものだ。

 もう一つは、キッチン側の壁に飾ってある額縁の裏。

 寝室の方は、受電ソケット付きのベッドのコードが繋がっているコンセントカバーの内側。


「ん……なんですかね、この紙」


 寝室の盗聴器を確認するため、ベッドを少し動かしたせいでベッドの下に隠れていたものが姿を表した。

 湊がつまみあげると、それは埃にまみれたA4サイズのコピー用紙。

 その片面には、『修繕工事のお知らせ』と書かれている。

 すでに終了したものであるが、浴室の内装工事で欠陥があったことが発覚し、その修理のために工事が入るというものだった。

 工事が行われたのは、湊がこの部屋に来た三日後。


 それが気になって、湊は浴室の方を覗く。

 窓がないため、室内は暗い。

 電気をつけ、中に入ってよく見回した。

 明らかに壁の色が違うとか、何か補修工事があった様には見えず首をかしげる。

 鏡の前に立ち、じっと鏡に映った自分の姿を見つめていたかと思うと、水垢も指紋一つも残っていない綺麗な鏡面を人差し指でつつく。


(なんだ……?)


 一体何をしているのかわからず、大和が尋ねようと口を開く前に、湊は蓮見に声をかけた。


「蓮見さん、これ、マジックミラーですよね?」

「え? マジックミラー?」


 蓮見も湊と同じように鏡に触れる。


「あぁ、そうですね!」

「やっぱり!」


 湊と蓮見の二人だけで盛り上がっている。


「ちょっと待て、どういうことだ!! 説明しろ!!」

「あー……マジックミラーって、ものにはよるけど一番簡単な見分け方があってね」


 話についていけない大和に、蓮見はマジックミラーの見分け方を説明し始める。


「こうやって爪の先で鏡面に触れるとね、普通の鏡なら映った指と指の間に隙間ができる。でも、マジックミラーの場合は、ぴったりくっついて見えて————」

「そうじゃない!! なんで、こんなところにマジックミラーがあるんだ!! 風呂場だぞ!?」


 盗撮どころの騒ぎじゃない。

 この鏡がマジックミラーになっているということは、入浴中の夏目の姿は、鏡の向こうから丸見えだったということになる。

 これだけ綺麗な鏡だ。

 水垢の一つもついていないのはおそらく家政婦の仕事で、曇ることはほぼない。


「この鏡の裏、隣の部屋ですよね? 隣の部屋には誰も住んでいないはず。でも、マジックミラーになっているなら、夏目の裸見たさにい誰かがいたことになる。盗聴器の受信距離も、隣の部屋であれば十分範囲内ですよね?」

「そうだね。隣なら何かあってもすぐに対応できるし……十分すぎるくらいだよ」

「やっぱり隣の部屋にストーカーがいたんですよ。大和さんが見た、ゴスロリ女————……きっと、その女が僕たちが監視カメラの話をしていたのを隣の部屋で盗聴していたんですよ。だから、先回りして管理室に火をつけた……」

「確かに、それは……そうかもしれませんが……そんなこと、ただのストーカーができることじゃない気がするんですが……」


 状況的にはそう判断できるが、こんなセキュリティが万全なマンションで、堂々とそんな行為ができる人間なんて、どう考えても一般人ではない。


「事務所関係者かもしれません。大和さん、そのゴスロリ女がエレベーターで降りてきた時、矢印はどちらを向いていましたか?」

「矢印……?」

「上から降りてきたのか、下から上がってきたのか……覚えてませんか?」

「え……? えーと、確か、上から降りてきた————と思います。矢印は下を向いていました……」


(多分……)


「それなら、四十九階よりも上の階の住人が犯人かもしれませんね。事務所関係者なら、夏目の隣の部屋が空いていることを知っていたでしょうし————……このマンションのドアは鍵を持っていなくても暗証番号さえ知っていれば、中に入ることは可能です。試して見ましょうか」

「は……? 何を?」


 湊はポケットから箱を取り出した。

『これで名探偵!? お家で指紋を採取!』と書かれた、子供用実験キットだ。


「こんなこともあろうかと、常に持ち歩いていてよかった」





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僕の元カレの無実を証明する最も確実な方法 星来 香文子 @eru_melon

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