第5話 推しとお知り合い
第一発見者の南幸彦は、咲良のいとこで隣町の中学校で教師をしている四十歳。
『チェリカフェ』の目と鼻の先にある距離にある一軒家が彼の実家だ。
南家は『チェリカフェ』を含むこの辺り一帯の地主で、彼の祖父が持ち主であったが、五十代の若さで他界し、今現その土地の所有者は祖母にある。
咲良の母親・咲世子は、この南家の末娘であるがあまりに祖母には似ておらず、噂によれば外で作った女に産ませた子供と言われている。
一方で、幸彦の父・
「なんですか、こんな時間に」
「咲良さんの事件について、改めて幸彦さんにお伺いしたいことがありまして……」
そんな南家に嫁に入り、要介護の姑を献身的に支え、息子を中学教師という立派な職業に育て上げたと自負しているのが、幸彦の母・
突然の訪問に、あからさまに嫌そうな顔をしていた彼女だったが、大和が警察手帳を見せると態度をころっと変えて、明らかな作り笑顔を浮かべていた。
「あらまぁ、刑事さんじゃないですか。咲良とお知り合いの」
「いえ、その、お知り合いというか、婚約していたと話したはずですが……」
「それで、改めて聞きたいこととはなんですの? お知り合いの刑事さん」
(またか……)
実は葬式で初めて顔を合わせた時から、なぜか大和を咲良の婚約者とは認めてはくれていないようで、ずっとお知り合いのと言われ続けている。
「幸彦さん本人から話を聞きたいんですが……幸彦さんは?」
「うちの幸彦ちゃんに聞く前に、まずはどんなことを聞きたいのか私に話していただかないと困りますよ。うちの幸彦ちゃんはとても繊細な子でしてね……死体なんて見てしまったものだから、今とてもじゃないけれど心が不安定ですの。幸彦ちゃんは咲良を可愛がっていましたからね」
玄関から一切中に入れるつもりはないようで、幸彦がいる部屋の方向をちらりと見ると、演技しているとしか思えないくらい、今度は大げさに悲しそうな顔表情に変わる。
「可愛がっていたのなら、ぜひ捜査に協力していただきたいんですが……」
それまで大和の後ろに立っていた湊が、ひょっこりと顔を出す。
急に出てきた怪しい男に、静子はまた怪訝そうな表情をするが、湊がサングラスをとった瞬間、その表情が一変する。
「う、うそ……! えっ!?」
「突然すみません。幸彦さんに合わせていただけませんか?」
明らかな動揺。
頬を紅潮させ、まるで恋する乙女のような表情。
今度は作り物じゃない。
完全に素で驚いている。
「みみみみみ……」
マスクを顎に下げて、にっこりと微笑んだ湊に向かって、それまで教育ママとうピリリとした空気を纏っていた静子は、昇天しそうになっていた。
「湊きゅん!?」
静子は、湊の熱狂的なファンだった。
*
「————どうして、あの人がファンだとわかったんですか?」
「簡単なことですよ」
二人はあっという間に応接間に通され、テーブルの上には紅茶とクッキー。
幸彦を呼んでくると静子がいなくなった後、湊は紅茶にミルクを垂らしながら大和の質問に答えた。
「玄関に生けてあった花は、紫を基調にしていました。来客用に置かれていたスリッパも紫。傘立てにささっていた傘も紫。来ていた服も紫。普通に考えて、玄関の風水には黄色が一般的です。紫も悪い色ではないですけど……なので、最初は紫が好きな人かと思いました。でも、玄関の横の部屋のドアが少し空いているのが見えて……今年のカレンダーが」
「カレンダー?」
「僕ら
「……それと、紫がどう関係してるんですか?」
「紫は僕のメンバーカラーです」
「め、メンバ……?」
(メンバーカラー? って、なんだ?)
アイドルとは無縁に生きて来た為、大和はスマホで検索する。
小学生の頃に入っていた『名探偵シノノメ』のファンクラブにはない概念だった。
「————なんですか、僕に話って………————え!? 湊きゅん!?」
応接間にやって来た幸彦も、まさか自分を訪ねて静子が推しているアイドルが家まで来るなんて思ってもいなくて、驚きを隠せない。
受け持っているクラスにも、
自然と湊の愛称である「湊きゅん」と口走ってしまうくらい。
実家暮らしの四十代独身男性の口から聞くと、違和感がかなりあるが……
静子をそのまま男にしたといってもいいくらいよく似ている息子だ。
既視感の方が強かった。
「突然すみません。どうしても、あなたに直接お聞きしたいことがありまして……」
「な、なんでしょう!?」
やや緊張気味に幸彦は湊の向かいに座った。
その隣に、一緒に戻って来た静子も座る。
この二人からしたら、なぜ刑事とアイドルが一緒に自分を訪ねて来る理由は、全く見当がつかない。
「スマホ、持ってますよね?」
「え……?」
「南咲良さんのスマホです。あなたが持っていますよね? 幸彦さん」
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