第4話 現場から消えたもの
南咲良が働いていた『チェリカフェ』は、地元では知らない人がいないと言われているほど有名なカフェだ。
営業時間は午前十一時から午後八時。
コーヒーだけでなく、十一時から十四時の間はランチも営業していて、フードもリーズナブルで美味しいと評判。
一人娘の咲良は高校生の時からカフェを手伝っていた。
高校卒業後もこのカフェで働きながら専門学校に通っていて、常連客からしたら、彼女はいわゆる看板娘だった。
殺害された当日、オーナーである母親の
キッチン担当者はいつも通り夕方には退勤。
他の店員も十九時までのシフトだっため、十九時十五分ごろには咲良一人だった。
防犯カメラの映像とレジのデータから、最後の客の会計をしたのは十九時五十分。
閉店時間の二十時ちょうどに店の正面入り口に内側から鍵をかけ、ロールカーテンを下ろしている咲良の映像が確認されている。
しかし、店内にはまだ一人客が残っていた。
それが、夏目だった。
防犯カメラの映像を見る限りでは、咲良はレジ締めをしながら夏目と何か話をしていたようだが、カメラにマイクまではついていないため、会話の内容は不明。
三十分ほど話した後、二人はカウンター横のキッチンへ続くドアから出て行った。
キッチンの方には防犯カメラは設置されていないため、映像は店内の電気が消えたところで終わっている。
タブレットで映像を確認しながら、二人の動線をじかに見て確認した湊は、今度はキッチンの様子を確認する。
「なるほど、殺害されたのはこの後……ということですね。確かに、これだと怪しいのは夏目ですが————裏口の防犯カメラの映像は?」
「裏口のカメラは故障中で……ダミーだそうで」
「なるほど……」
殺害現場は、当日のまま残されているが、容疑者が逮捕されたため、明後日には清掃業者が入る予定になっていた。
オーナーは店を営業できるような心境ではなかったが、数年前店の内装をリニューアルするのに土地の所有者に借金をしているらしく、このままずっと休業しているわけにはいかないそうだ。
「掃除をしていないんですよね? その割には、やけに綺麗ですね」
死因は複数箇所刺されたことによる失血死と聞いていたが、殺害当日のそのままになっている現場にしては、残された血痕が少なすぎると湊は思った。
壁やシンク、コンロ等に血飛沫もなく、遺体が倒れていた白いテープで囲われた内側くらいしか血で汚れていない。
まるで、清掃のプロが遺体の周りだけ全てキレに拭き取ったかのような……
「鑑識の話では、酸素系漂白剤が使われたのではないかと……」
「それじゃぁ、ますます犯人は夏目ではないですね。家事はまるっきりできない男ですから、こんな丁寧な作業できるわけがありません。本当に、びっくりするくらい顔だけなんですよ————まぁ、そこがよかったんですが……」
「は、はぁ……」
付き合っている当時のことでも思い出したのか、湊はどこか恍惚の表情を浮かべていた。
(こいつ……殺害現場で何を考えているんだ?)
一瞬殴りたくなったが、相手はあの名探偵シノノメの孫。
粗相があってはいけないと、大和はぐっと堪えた。
「それで、次の日の午前十一時頃、第一発見者から通報があったんですよね?」
「はい。通報者はいとこの南幸彦さん。近所に住んでいる中学校の教師で……俺がここに到着したのは、通報から一時間以上後のことでした。約束の時間になっても連絡が取れなくて……スマホのGPSで、店にいることがわかって……」
その幸彦の証言によれば、定休日であっても咲良はキッチンで新メニューの開発をしているらしく、幸彦は自分の母親から咲良に渡すように頼まれた荷物を届けに来ていた。
裏口のドアが開いていたため中に入ったところ、キッチンで咲良の遺体を発見。
すぐに救急に連絡したが、死亡していたため、警察も一緒に駆けつける。
「幸彦さんの証言と、防犯カメラの映像……それから、カフェの関係者に事情聴取をした結果、包丁が一つなくなっていることが判明しました。そして司法解剖の結果、咲良の体内からその包丁のものと思われる欠片が見つかって————」
「それで、夏目が容疑者として浮上して夏目の自宅を探したんですね?」
「そうです」
大和は捜査は外されたものの、捜査資料の閲覧は許可されていた。
殺人事件の捜査は、これまで何度も関わっている。
それでも、この悲惨な画像だけは直視することができずにいた。
今、湊への説明のために、初めて向き合ったが、自分の中の咲良の笑顔と結びつかない、変わり果ててしまった姿に胸が苦しくなる。
(どうして……俺に相談してくれなかったんだ。こんなことになる前に、全部俺に話してくれていれば————)
「————やっぱり、警察は無能ですね」
「は?」
突然の暴言。
大和が睨み付けると、湊は大きなあくびをしながら続ける。
「自分の痕跡をここまで徹底的に消している人間が、凶器を自宅に置いておくのはおかしいでしょう? もう一度冷静になって、よく考えてください」
湊はキッチンを出て、再び店の方へ入ると、防犯カメラを指差した。
「店内の防犯カメラは、ちょっと天井を見上げればすぐわかる位置にあります。自分の姿が映っていることにも、常連客だった夏目が気づいていないはずがないです。キッチンの血痕は綺麗に拭き取って、痕跡を残さないようにしているのに、カメラにばっちり映っているのは不自然です。裏口のドアが開いていたということは、夏目が帰った後、何者かが咲良さんを殺害したということです。裏口とキッチンには監視カメラがないので、映らずに犯行は可能です」
「……その何者かが、夏目さんに罪を被せたと?」
「その通り。そうなると、この場合、一番怪しいのは裏口のドアが開いていることを知っている人物です」
「……従業員? ですか?」
「いえ、それだけとは限りません。第一発見者の幸彦さんだって、知っていて入っています。ところで、大和さん、僕はずっと気になっていることがあるのですが」
「なんです?」
「遺留品リストの中に、咲良さんのスマホがないのはなぜですか?」
「……え?」
湊は捜査資料が入っているタブレットを大和から取り上げると、勝手に操作して遺留品リストのページを開く。
そのどこにも、湊の言った通り咲良のスマホが載っていない。
自宅にも、店にも咲良のスマホはなかった。
「あなたは先ほど、咲良さんと連絡が取れないので、スマホのGPSで位置を確認したと言っていましたね? それはいつ頃のことですか?」
「俺がここへ来る三十分前くらい前です。約束の時間になっても咲良がこなかったので、一人で内見をして……それから————」
「その時間なら、既に通報を受けて警察官が到着している時間ですよね? その時にはあったのに、見つかっていないのは不自然じゃないですか?」
(確かに、俺も妙だと思っていた。どうして、咲良のスマホがないのか。先輩は、犯人の夏目が持ち去ったんじゃないかと言っていたけど……夏目の家からもスマホは見つかっていない)
「スマホを持ち去った人間がいるということです。記録によれば、GPSの最後の発信地もこのカフェですね。あなたが確認した場所もこのカフェなら、誰かが持ち去ったということになります」
「だ、だれが……?」
「いるでしょう、一人。とびきり怪しいのが……そして、その人の証言のせいで、容疑者に浮上したのが夏目です」
第一発見者の南幸彦。
湊は、彼が咲良のスマホを持ち去ったのではないかと、そう推理した。
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