続いてのお便りは……

斗話

続いてのお便りは……

N「記録。20××年8月6日に投稿された、お笑い芸人『ハムレット』のラジオ番組、『ハムレットナイト』より一部抜粋」

SE:ラジオジングル

紺野「さぁ今夜も始まりました。ハムレットの『ハムレットナイト』。ハムレットのハムレッ担当の紺野です」

高橋「おい、俺“ト“しか残ってないやんけ」

紺野「高橋の働きなんてそんなもんやろ。それにしても……伸びますなーー!」

高橋「いきなり大声だすなや」

紺野「高橋、怒りながら顔綻んでるで?」

高橋「あ、バレた? 一ヶ月で視聴者数8倍やで? そりゃ綻んでまうよ」

紺野「おい先いうなや」

高橋「あ、ごめん」

紺野「えー、改めまして、2年近く続けてる『ハムレットナイト』ですが、皆さんの応援のおかげで、ここ一ヶ月で視聴者がうなぎ上りです。ありがとうございます」

高橋「もう過激なこと言えないやん」

紺野「収録放送やねん。言ってもカットだわ。それに高橋は顔面が過激すぎて何言っても薄れんねん」

高橋「おい誰が顔面フェミニストやねん」

紺野「あーあ、敵増えたわ。最悪や」

高橋「俺は世間に迎合しないねん。どれだけ視聴者が増えても我が道を突き進むって死んだ相方に誓ってん」

紺野「おい、勝手に俺を殺すな。そんでバカのくせに難しい言葉使うなや。えーリスナーからのメール。ラジオネーム『猫にロマン』」

高橋「ほいきた」

紺野「『紺野さん、高橋さんこんばんは』」

高橋「こんばんは」

紺野「『僕は最近バイト先が潰れて貯金を切り崩す生活をしています。先日のXYZお笑いグランプリで、お二人が見事準優勝して30万を手にしたわけですが、使い道は決めていますか? 決まっていなければ僕にください』」

高橋「アホか。やるわけないやろ」

紺野「いや、ありやな。実際視聴者数が伸びてるの『猫にロマン』さんのメールが切り取られたのがきっかけやしな」

高橋「てかこいつ何者なん? 俺らのこと全部知ってるで? 怖いわ。ストーカーなん? いつもありがとうな」

紺野「お前の情緒、日本経済か」

高橋「そこまで不安定ちゃうわ。いやーでもほんまありがたいで。『猫にロマン』さん。」

紺野「ほんまやな。牛丼くらいなら奢ってやるか」

高橋「器のちっさい男やな。おちょこか」

紺野「高橋……たとえツッコミ頑張らんでええよ……」

高橋「うっわはず。スベッたみたいになったやん」

紺野「事実スベってるで」

高橋「ウルセェな。埋めるぞ」

紺野「お前が言うと恐いねんほんまに埋められそう」


N「記録。20××年8月4日。『ハムレットナイト』収録後の音声データ」

髙橋「あー疲れた。なぁ、マジで『猫にロマン』って何者なん?」

紺野「知らんよ。うちらの熱狂的なファンやろ」

髙橋「いや、ありがたいねんけどな? たまに、何で知ってるん? みたいな投稿してくるやん」

紺野「今時、隠せる情報なんてないんとちゃうん? お前も言動気をつけた方がええで。下手にフェミニストなんて口にせんとさ」

髙橋「そこまでうちら売れとらんやろ」

紺野「まぁ……そうか。これからやな。ラジオも好調だし」

髙橋「売れたらええなぁ」

紺野「何で他人事やねん」

髙橋「ほな帰るわ」

紺野「おう」

(間)

紺野「ちょっと攻めすぎか。髙橋に気づかれる前に『猫にロマン』は引退やな」


N「記録。20××年8月11日『ハムレットナイト』収録前の音声データ」

紺野「わり、遅くなった」

髙橋「何が5分やねん。20分も遅れてるやんけ」

紺野「お布団が遅延してん」

髙橋「それがほんまの人身事故ってか」

紺野「……よく分からんで、それ。そんなことよりさ、メールみた?」

髙橋「何の?」

紺野「『猫にロマン』からのメールよ。何なんあれ」

髙橋「見とらんよ」

紺野「ほら、これ」

髙橋「えーっと、『髙橋は人殺し』……何やこれ」

紺野「俺が聞きたいわ。どういうつもりやねん」

髙橋「おいおい、何でそんな焦ってるん? ただの悪戯やろ」

紺野「焦っとらんよ。そもそも『猫にロマン』がこんなこと送るわけないやろ」

髙橋「気を引きたいんちゃうん?」

紺野「『猫にロマン』はこんなこと言わんねん。それに人殺しって。お前誰かに恨みでもかったか?」

髙橋「あるわけないやろ」

紺野「その顔で言われても信用できんねん」

髙橋「誰が人殺し顔やねん」


N「記録。20××年8月18日。同月20日放送分の音声データ(編集前)」

SE:ラジオジングル

紺野「さぁ今夜も始まりました、『ハムレットナイト』。ハムレットのお笑い担当、紺野です」

髙橋「じゃあ俺は何担当やねん」

紺野「ケツ持ち」

髙橋「裏社会の人間ちゃうねん。ハムレットのお笑い担当、髙橋です」

紺野「被ってるやん」

髙橋「あそこは被っとらんけどな」

紺野「あーカットや。もう一回撮り直そう」

髙橋「いいやろ別に」

紺野「あかんねん。下世話でおもろくない下ネタなんて今の時代地獄やで。お前、何も成長せんやん」

髙橋「俺かて頑張ってるよ」

紺野「何をやねん。あとな、また『猫にロマン』からメール来てたで。お前なんかしたん?」

髙橋「なんもしとらんよ」

紺野「『髙橋は人殺し。罪を認めなければ情報をSNSで拡散する』だってさ」

髙橋「おい、ラジオ中だぞ!」

紺野「ええねん。どうせここ使わんから」


N「記録。20××年。9月1日。木曜日。『ハムレットの緊急生放送』の映像データ並びに音声データ(視聴者提供)」

紺野「これで……ついた? あーついてるな。皆さん見えてますかー? えーっと、大丈そうやな。ん? あぁミュートになっとったわ。ええなぁ生放送って感じしてきたわ。(咳払い)改めまして、ハムレットの紺野です。今回緊急生放送をしたのは、紛れもなく『猫にロマン』の真相を確かめるためです。皆さん見てると思いますが、先日、『猫にロマン』という名前のアカウントがSNSにこんな投稿をしました。『【拡散希望】ハムレットの髙橋は人殺し。証拠もある』……相変わらずぶっそうやな。てことで、今回は緊急生放送で、相方の髙橋にその真偽を確かめてみよう! という企画です! そろそろ髙橋が到着する……」

SE:扉の開く音

紺野「お! 噂をすれば」

髙橋「おいなんやねんこれ」

紺野「まぁまぁ座れって」

髙橋「もう回ってるのか?」

紺野「回ってるよ。その顔はまぁ大体分かってるよな? 『猫にロマン』が投稿したあの内容、どうなん?」

髙橋「どうなん? って。仮によ、仮に俺が人殺しですって告白したらどうするつもりなん?」

紺野「え、マジなん?」

髙橋「んなわけないやろ! 悪戯や、大袈裟すぎ」

紺野「大袈裟すぎるくらいがちょうどええやろ。ほら、視聴者数も……えぐい。二万超えとる」 

髙橋「マジで? うわ、マジやん」

紺野「なぁ、俺も今心臓バクバクやねん。マジでどうなん? 嘘やんな?」

髙橋「何が?」

紺野「お前が人殺しってこと」

髙橋「……」

紺野「何で黙るん?」

髙橋「……」

紺野「うつむいとらんと、なんか喋れや」

髙橋「……」

紺野「あかん、中止や。みんな、ごめん。一回切る……」

髙橋「待って! ……実は俺……」

紺野「いや、言わんでええで。2人で話そうや」

髙橋「俺! 『猫にロマン』やねん」

紺野「は?」

髙橋「いやー、ここまで事が大きくなるとは思わなくて。いつ切り出そうかと思ってたらこんなことになってしまったわ。ほんまごめん」

紺野「いやいや、意味が分からんねんけど」

髙橋「お前、『猫にロマン』って名前でリスナーのフリして投稿してたやろ?」

紺野「……気づいてたん?」

髙橋「そりゃ気づくやろ。俺と紺野しか知らない情報ばんばん送ってきてたやん。まぁそれは別に良かってん。実際視聴者も増えたし。ただな、俺もそれやりたいって思ってしまったんよ」

紺野「意味わからんて」

髙橋「いやいや、お前の方こそ意味わからんよ、あんな嬉々として自分で作ったメール読んで、どんな気持ちでやってたのよ。今はムカつくとか通り越して尊敬やわ。まぁそんで、気づいた当時の俺はちょっとムカついてたわけよ。だから俺も同じ事して混乱させてやろうって」

紺野「なんやそのオチ。つらまらなすぎるやろ。あーあ、興醒めやわ」

髙橋「なんか顔綻んでるで? ほんまに俺が人殺したと思った?」

紺野「殺しそうな顔してるやん」

髙橋「失礼やな。するわけないやろ。あーあ、視聴者どんどん減ってるやないか。出生率くらい減ってるで」

紺野「お前の例えツッコミ笑えんねん。ほなみなさん、つまらんオチですんません。これからもハムレットをよろしくお願いします!」

髙橋「よろしく!」


N「記録。20××年9月1日。『ハムレットの緊急生放送』後の会話(紺野智の証言を元に作成)」

紺野「マジでなんやねん。うちらつまらなすぎるやろ。あの脅迫文もお前って事やんな? 手込みすぎやって」

髙橋「おう。わりぃな」

紺野「なんやねん。打ち合わせ無しで生放送しろって。そこで髙橋が罪を認めれば、許してやる。って、わざわざ動画まで作りやがって」

髙橋「動画……?」

紺野「手込みすぎやろ。あれどうやって作ったん? 今時アプリさえあれば顔とか差し替えるの簡単なん? てかお前その技術あるならそれで仕事取ってこいや」

髙橋「わりぃな、帰るわ」

紺野「いやいや、話し合おうや。俺らたぶん結構な数のファン減ったで?」

髙橋「今日死んだ相方の墓参りいくねん」 

紺野「だから勝手に俺を殺すな」

髙橋「紺野。俺一回しか送ってないねん。ほんまやで。じゃ」

紺野「は? どういう……おい待てって! 髙橋!」


N「記録。20××年9月11日。オンラインニュースサイト『日刊文秋』の記事より抜粋」

N「9月10日。東京都内のマンションで、お笑いコンビ『ハムレット』の髙橋こと、本名、髙橋健二容疑者(29)が殺人及び死体遺棄の容疑で逮捕された。逮捕のきっかけとなったのは9月1日の21時ごろに投稿された一本の動画で、そこには髙橋健二容疑者が、女性に馬乗りになり暴行を加えている様子が映っていた。(現在動画は消去済み)。女性は、髙橋健二容疑者の元恋人で、6年前に失踪届が出されていた◯◯◯◯さんだと断定され、警察が捜索を行ったところ、髙橋健二容疑者の自宅地下に白骨化した遺体が発見された。現在警察は遺体の身元確認を行なっている。ハムレットの相方である紺野智(29)は事情聴取に対し……」


N「記録。20××年。6月2日。水曜日。『ハムレットナイト』の音声データ(一部抜粋)」

髙橋「お笑いってむずいな。誰かを笑わせても、どこかで別の誰かは泣いてるわけやん? そう考えると無力感を感じるわけよ」

紺野「バカが何を大それたこと言ってんねん。俺らはなんもむずかしいのと考えんと、目の前の人笑わせたらええねん」

髙橋「それが絶対笑わへん人だとしてもか?」

紺野「絶対に笑ういい方法知ってるで?」

髙橋「なに?」

紺野「笑うまで笑わせんねん」

髙橋「なんやその地獄。生活かよ」

紺野「お前の例え、笑えんねん。さ、続いてのお便りは……」


END

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