たとえ世界が滅んでも

色野あにまる

序章

 地球はもう形を失っていた。

 水の惑星と言われた地球。今となっては見る影もない。

 大気は灰に覆われ、大地はくすんだ闇に消えていた。

 引力が弱くなり、空中には石や金属が飛び回っている。

 世界のみんなは死んだ。

 ここは地球が存在する最終地点。

 グレイ、そして彼のメイドであり恋人のリファは固く抱き合い、世界の崩壊をただ眺めていた。


「グレイ様。わたくし達、もうここで終わりなのですね……」

「ああ……。でも、人生の最後にリファと居れて、よかった……」


 二人に後悔などなかった。二人は死ぬのが怖いのではない。

 それよりも、大切な想い人が自分の目の前から離れ、いなくなってしまうことが、なによりも恐ろしいのだ。

 彼らは数分後には、世界の終焉の渦に飲み込まれてしまうであろう。

 二人でここまで逃げてきた。

 どんな困難にぶつかっても、手を取り励まし合いながら、突き進んできた。

 グレイはリファを守ることを第一にしてきた。

 リファはグレイを支えることを優先していた。

 お互いがお互いを慈しみ合い、やっとの思いで、ここまで来た。

 グレイたちは助かった、そう思ったであろう。

 しかし、世界の終焉は、すべてを飲み込む。


(俺たちは死なない! 一緒に生きよう!)


 そう信じてここまで来た。が、眼の前のそれがグレイたちの死を覚悟させていた。

 グレイの言葉はリファの心を動かした。


「わたくしもですわ。グレイ様に救われたあの日から、わたくしは生きようと思えたのです。貧民街で餓死寸前のわたくしを引き取って、優しく育ててくれたから、わたくしはグレイ様に人生を捧げたのです。今まで、ありがとうございます、そして、愛しています。グレイ様……」

「俺もだよ、リファ。俺だって、リファに救われた。君がいてくれたから、今の俺がいるんだ。俺にとって、君はメイドなんかじゃない。恋人だったんだ。好きだ。ずっとずっとずっと、大好きだ!」


 自分を一人の女性として扱ってくれていた。

 そのことを自覚したリファは、自分自身も心の奥底に秘めていた愛情が溢れ出る。


「わたくしもっ! グレイ様が大大大大だっい好きっっ!!!!」


 感情の収拾がつかなくなったリファは、グレイの頭に手を回し、押し付けるようにしてキスをした。

 唇が離れると、リファはグレイの背中に腕を下ろし、ぎゅっと抱きしめた。

 グレイもそれに合わせて抱きしめ返した。

 どれほどの間そうしていたのであろう。

 リファは人生最後の日、人生最大に安心感を得た。そこで、リファは言葉をこぼす。


「でも……まだグレイ様と居たいですわ……。グレイ様と過ごした毎日は素晴らしく輝いていました。二度と戻ってこない時間が、すごく惜しいのです……」

「たしかに、もう二度と戻ってこないかもしれない。だけど、俺たちは運命で繋がってる。きっと来世でも、俺たちは出会うはずさ……」

「で、では、グレイ様とわたくしは、またともに過ごせるのでしょうか……?」

「ああ、絶対そうだ」


 グレイには来世があると確信していた。

 なぜなら、グレイはこの世界での【リファ】は七回目であった。次に逢うのは何時なのかはわからない。

 しかし、何度でも【リファ】に逢えるのは必ず決まっていた。だがそのことは、リファには伝えない……。

 

 伝えたら、もう逢えないのではないのかという気がしてならないのだ。

 リファはグレイの言葉に、なぜか懐かしいような、そんな感じがした。

 でも、何であるかはわからない。色々なグレイを感じれる……。そんな言葉だった。リファもグレイの言う『来世』は、なんとなくしっくりきていた。


「それなら、『来世』でも愛してくださいませ。ご主人様」

「……ああ…」


 『ご主人様』はリファが初めてグレイと出逢ったときに、彼を呼んだ台詞だ。

 グレイは一瞬、リファがあの子に戻ったのかと思ったが、それはない。


 ――彼らは繰り返す。同じ運命を。


 これで安心して死んでいける。そう思った――直後、グレイたちの肉体は世界の終焉に呑まれていった…………。

 

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たとえ世界が滅んでも 色野あにまる @Kozan

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